おしゃべりクロウ

亀虫

おしゃべりクロウ

「おい、オマエ」


 人気のない道を歩いているときに突然声がして、僕は後ろを振り向いた。そこには何もいない。なんだ、気のせいか。僕はすぐに前に向き直って再び歩み始めた。


「違う。そこじゃない。上だ、上」


 またさっきと同じ声。二度目は流石に驚いて、もう一度後ろを振り返った。


「上だって言ってんじゃん。カンの悪い奴だな」


 僕は声の言うままに上を向いた。すると、電線の上に止まっているカラスの姿がそこにはあった。

 カラスはやや前傾姿勢になって、喉を震わせながら「カア」と一声鳴いてから言った。


「やっと気付いたか、ニンゲン。またこのまま気付かれずにどこか行っちゃうんじゃないかって焦ったぜ」


「カ、カラスが喋った……!」


 僕は思わずカラスを人差し指で指し、小声でつぶやいた。明らかにこの声はカラスの口から発せられたものだ。カラスは首をかしげ、嘴を少し動かしながらまた話し始めた。


「お、びっくりしてるな。そりゃそうだろ。カラスは喋らないってのが、オマエラニンゲンの常識だもんな」


「な、なんなんだお前は」


 僕はカラスに向かって話しかけた。


「何って、カラスだって。見りゃわかんじゃん。オマエ、まさかカラスを知らないのか?」


 僕は信じられずに一度目をぎゅっとつぶってからもう一度ゆっくり目を開けたが、やはりそこにはカラスが一羽電線に止まっている。その様子を不思議そうにカラスは眺めていた。


「オマエ、面白い反応するな。他のニンゲンは無視してどこか行っちゃうか、怖くなって逃げ出すかのどっちかの反応しかしなかったからな。まともに声を聞いてくれたのはオマエが始めてだ。ちょっと暇つぶしに付き合ってくれ」


 カラスは僕に向かってそう言った。暇つぶし……? 鳥なんかが暇つぶしなんて考えるのだろうか。僕は疑問に思った。鳥の脳みそはそんなことを考える力なんてないのではないか。ましてやお喋りだなんて、オウムじゃあるまいし。これはきっと何かのドッキリ企画だ。あれはカラスのロボットか何かで、中にスピーカーみたいなものが入っている。どこかにカメラが設置してあって、それを見て驚く僕らの様子を撮影しているのだ。


「何か聞きたいことはないか? オレに答えられることならなんでも答えるぞ、ニンゲン」


 カラスは言った。それにしても精巧なロボットだ。姿も動きも本物のカラスそっくりだ。本物と言われたら騙されるに違いない。だが、僕はこの程度では騙されないぞ。


「じゃあ聞くけど、そのカラス、ロボットだろ」


 僕は単刀直入に言った。カラスは一瞬また首をかしげて黙ったが、すぐに口を開いて答えた。


「まだ信じてないのか。ニンゲンは疑り深いな」


 そう言うと、突然大きな翼を広げて飛び上がり、僕をめがけてやってきた。僕はびっくりして逃げようと思ったが、カラスの急な行動に腰が抜けて尻もちをつき、その場から動くことができなかった。カラスは僕の肩に爪を食い込ませて止まった。


「この体重、この羽毛のもふもふ感、足から伝わるぬくもり。どう見ても正真正銘本物のカラスだろ、ニンゲン」


 怖くなって震えている僕の耳元でカラスはささやいた。カラスをこんな近くで見たことも触ったこともないのでそれだけで判断はできないが、確かに変に重いわけでもないし、温かいし、本当に本物のカラスのように思われた。


「は、早く離れ、離れろ!」


 僕はカラスを追い払おうと声を出したが、それは震え声で追い払えるほど大きな声は出ない。


「いや、ごめんごめん。びっくりさせるのが目的じゃないからな」


 カラスは潔く僕の肩を離れ、少し先の地面まで飛んで行った。


「まあ、ニンゲンに話しかけるカラスなんてそうそういないからな。ロボットを疑うのも無理ないか。よし、それじゃオレが何でお話できるようになったかをオマエに教えてやろう」


 カラスは得意げに胸を張って、聞いてもいないのに一方的にしゃべり始めた。


「それは去年の話、オレは見晴らしのいい公園の木を見つけた。そこから見下ろすといつも人がいて、よくニンゲン木にもたれて話していた。オレは毎日そんなニンゲンどもの様子を眺めていた。そしたら、いつの間にかニンゲンの言葉を覚えていた。以上、終わり!」


「……えっ、それだけ?」


 僕はゆっくりと立ち上がって尻についた土ぼこりを払いながら言った。いくらなんでもそれはないだろう、とカラスの話を聞いていて思った。カラスごときが一年間ただ聞いているだけで人の言葉を話せるようになるわけがない。


「それだけ。そりゃね、一年も聞き続ければ覚えるだろ? オマエは覚えられないの? ニンゲンってオレたちより鳥頭なんだな」


「う、うるさい」


 僕は少しムッとして言った。カラスはまた飛び上がり、今度は僕の二倍くらいの背丈の街路樹の枝に止まった。


「カラスっていうのは、結構頭のいい鳥なんだ。そこらのスズメやハトと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。だから言葉を覚えるくらいわけないんだぞ。言葉はニンゲンの専売特許じゃないんだ。わかったか、ニンゲン」


 そしてカラスは「カア」と一回鳴いてこちらを見た。僕はカラスの言い分に納得はできなかったが、事実こうして話しているのだし、とりあえず納得するふりをしておいた。


「わかった、わかった。で、折角人の言葉を覚えたからこうしておしゃべりしたくなった、ってことか?」


「その通り、物分かりがよくなったじゃないか、ニンゲン。だからオレはここを通るニンゲンに声をかけていたんだ。なかなか人が来ないし、来ても無視されるからつまらなかったけどな」


 僕にはカラスの表情はわからないが、少し嬉しそうな印象を受けた。カラスの言葉を聞いた後、僕はカラスに質問した。


「でも、話しかけたかったらお前がいたっていう木でやれば良かったんじゃないか? 人通りが多かったんだろ?」


 今度は少し悲しげな様子になって、カラスが言った。


「その木は切られたぞ。ちょっと前にな」


「え……」


 僕はそこで絶句してしまった。きっと、寂しくて、それで言葉を使って話したくなったんだろう。僕は少し切ない気持ちになった。


「まあ、だからこうやって話し相手を探しているんだぞ。だからこうやってオマエと話せて嬉しいぞ」


 カラスはまた嬉しそうな調子に戻って言った。

 数秒間、僕とカラスは沈黙したが、やがてそれを破って僕が話し出した。


「なあ、別のところで話し相手探したりとかは考えてる?」


「別のところ? ニンゲンがいっぱいいるのか?」


「ああ、いる。話し相手には困らない。それに、他のカラスとかも俺が知ってるかぎりいないさ。縄張り争いみたいなのも起こらないだろう。そんな木を知っているんだが、そこに移る気はないか?」


「そんな場所があったのか。オレはカラスのわりにはあまり動き回らないから知らなかった。言葉が使えるといいことを教えてもらえるんだな」


「そうだね。僕はさっそくそこへ行く。ついてこい」


 僕は後ろを向き、目的の場所に向けて歩き出した。


「飛ぶのダルいしオマエの肩に乗ってもいいか?」


 カラスは僕の隣まで飛んできて言った。


「ダメだ。怖いし」


 僕はカラスの方に首を向けて言った。


「なんだ、ニンゲンはケチだな」


「人間の世界ではな、教えてもらう人があれこれ注文をつけたりするのはダメなの」


 僕はカラスに向かって説教をするように話した。

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おしゃべりクロウ 亀虫 @kame_mushi

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