コップの中の漣

大福がちゃ丸。

コップの中の漣

「やれやれ」


 アイツのマンションの前で、タクシーを降り一人ため息ををついた。

 仕事明けで疲れてはいるが、アイツが「珍しい物を手に入れたから来い」と言って呼び出しやがったのだ。

 休みの日にしてくれと言ったんだが、ガンとして譲らない。

 仕方なくオレが折れて行く事にしたのだが、普段はこんなに強引な奴ではないのだけれど。


「おぉ、待ってたぞ、入れ入れ」

 いつもと変わらないアイツが出てきて、早々に部屋に招き入れられた。

「まったく、なんだよお前は、こちとら仕事で疲れてんだからよ」

「ハハっ、わるいわるい、酒もツマミもあるから、まぁ座れよ」

 安物のソファーに座ると、アイツが酒とツマミを持ってきながら喋りだした。


「実は、中東の方に旅行に行ってたのは知ってるよな?」

 そう言えば、エジプトだか何処だかに、旅行に行くと言っていたような気がする、しばらく顔を見てなかったのはそういう事か。

「ん?あぁ」

 軽く返事を返すと、うなずいて話を続けてきた。


「でな、こんなものを手に入れてきたんだよ、超貴重品だぜ」

 アイツは、満面の笑みの上、ドヤ顔で箱を見せてくる、うぜぇ、超うぜぇ。

「チッ、で、その箱の中ってわけだな? その珍しい超貴重品ってのは」

「え? いま舌打ちしました? ショックだわー」

「うっせ! 早く見せろや!」

 イラっとするわ。


「はいはい」とか「見たい見たい?」とか煽ってきやがったが無視しておいた。

 小さな箱から出てきたのは、不思議な色をしたガラスのコップだった。


「ほほぉ」 

 思わず声が出た、何と言うか珍しいとか貴重だとか言われたせいもあるのかもしれないが、それは何か力が有るものに見えた。

「これはなー、”リビアンデザートグラス”って言って、超貴重な天然ガラスで出来てるんだ、綺麗だろ~」


「よく見ていいか?」

 比較的透明度が有る綺麗な薄い黄色をしている、オレは、そのコップを手に取り思わず息をのむ、これが天然のガラスか、まるで宝石の様だ。


「何でも、隕石だか彗星が落ちてで出来たとか言われてるそうなんだけど、実際は確証ないらしいぜ、クレーターの跡も見つからないとか」

「エジプトの王族の装飾品にもなってるそうだよ」

「何にしても、そこでしか採掘できないもんだから、超貴重品だぜ」

 アイツが鼻息を荒くして、浅い知識を言い出した。


 オレは少し眉をしかめ。

「お前そんなの良く手に入れたな?」

 アイツは頭をかきながら、手に入れた経緯を説明しだす。

「いやぁ、実は怪しい爺さんが持ってきてな、ぜひ譲りたいとかなんとか言ってきてな、初めは断ってたんだよ、怪しいし爺さんだしな」

「まぁ、怪しい爺さんだろうからな」

「おう、で、実物見て惚れこんじゃってなぁ、いい物だろ、タダでくれるって言ってたんだけどよ、悪いから少し払ったわー」


 本来なら結構いい値段だと思うぞ、と言葉に出かかったが。

「少しっておま、まぁいいや、お前にしちゃ上出来の買い物だな」

「だろう?」と少し自慢げだ、ちょっとむかつく。


「さぁさぁ、そいつで一杯飲もうや、悠久の時ってやつを楽しもうぜ」

「お前にしちゃ洒落てんな」

「ささ、一杯どうぞ」

 軽い音を立てて、酎ハイの缶を開けるアイツ。

「おまえ! せっかくのせっかくなのに缶酎ハイって! せっかくだるぉ!!」

「残念ながらワインはない! そしてビールは冷えてない!」

 *エジプトはワインやビールの発祥の地とも言われております


 仕方なしに、コップに酎ハイを注ぐ、カップの中の酒は揺らめき、まるで海の漣の様にゆらゆらと。

 ガラスの色を映した漣は、ゆらゆらと揺れながら視界を占領していく。

 薄い黄色の美しい海が、目の前に広がっていくように。


 目の前が一瞬暗くなる。


 次に、オレの視界に入ったのは、砂漠だった。

 煌々と光る月明かりに照らされた、一面の真っ白な砂の平原。

 その中を、まるで手振れ防止が付いていないカメラで撮ったような、ゆらゆらと揺れる景色が続いている。

 何だこれは? 自分で視界を変えられない、まるで映像を見せられているように。


 視界が回った。

 後ろを向いたのであろう、砂漠の中を歩く薄汚れたフード付きのマントを羽織った、褐色の肌をした人々、申し訳程度の布を身に着けた集団が見える、オレはその先頭にいるらしい。

 更に後ろから、砂煙を上げて何か迫ってくる。


 揺れる視界、何かしゃべっているが言葉がわからない。

 叫び声が上がる、兵士? だろうか? 槍を持っている者、剣を下げている者、弓を構えている者、そいつらが弓を撃ってくる、矢に射られ倒れていく人たち。


 矢を射られながらも、皆同じ言葉を紡いでいる、祈るように何かに向かって。


『くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー しゃめっしゅ しゃめっしゅ  にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん 』

『にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! 』

『にゃるらとてっぷ・つがー!!』


 不意に暴風が巻き起こり、兵士たちを包む。

 そして、巨大な影がそこにそそり立っている、巨大な影は兵士たちを、まるで小虫を踏むように、猫がもて遊ぶ様に、潰し、殺し、砂漠の血の染みにしていく。


 その巨大な影の姿は、巨大な翼を持ち、その体は獣、ネイチャー番組で見た事があるハイエナに似ている、全体的な姿は神話に出てくるスフィンクスに酷似していると思う。


 兵士たちを葬った、その暗黒の獣はこちらに顔を向ける。


 その姿はおぞましくも雄々しく、畏怖と敬意を見るものに抱かせる。

 闇のように黒く、その黒いタテガミ覆われた顔は、さらに暗黒が渦を巻き集まったような、まるで何もない虚ろのような。


 いきなり視界がアイツの部屋に戻ってきた。

 びっしょりと汗が流れている、コップを掴んだ手がカタカタと音を立てている。

 さっきのは何だ? 夢か? あり得ないほど生々しく匂いすら感じていた。


「どうだい? ?」

 アイツが笑いながら言う、知っていたのか? あいつが言葉を続ける。

「その、ガラスの記憶だと思うんだ、たぶんコップに加工される前のね」


「そうか」

 とオレは短く答える。

「で、?」

 アイツがもう一度聞いてきた。


 アイツが笑いかける、グニャリと顔が歪む。

「あぁ、

 オレも笑う、どんな顔をしてるのだろう? たぶん、アイツと同じだろう。


 いつの日か、地上に災厄が凶兆として起き、あの無貌の神が砂漠から現れる。

 地上は荒廃し、海底に没したあの都市が隆起し、旧支配者が再臨するため襲来する。

 人々は死に絶え、地上には何も残らない。

 最後に残るのは我ら真の崇拝者たち、深淵より現れたモノたちと共に、あの無貌の神を迎えるのだ。

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コップの中の漣 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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