影の功労者・3


 運良く……というか、悪くというか、ちょうどタカ一人が寝藁を返す作業をしていた。かなり疲れが溜まっていそうで、心が痛む。

「……タカ」

 恐る恐る声をかけると、タカはまるで雷にでも打たれたように、ぴくんと震えて硬直した。

「う、うわ、レサ。元気か?」

 やっと声が出た。

「ええ、元気よ。その……いろいろとありがとう」

「いやぁ、その、あの……いや、あははは……」

 タカは作業の手を休め、恥ずかしそうに頭を掻いている。照れくさそうな笑いは、そのまま小さくなって、やがて沈黙が訪れた。

 なんともいえない空気。

 タカは恥ずかしそうに下を向き、ははは……と乾いた笑いを続けていた。

「あ、あの、タカ?」

 レサは思い切って切り出した。

「わ、私、本当にうれしかったの。タカがお友達で、本当によかった。怪我のことだって、タカのせいじゃなかったのに……。それなのに……」

「い、いや、俺が悪いんだ。そ、それにさぁ、レサの仕事って興味あったしなぁ」

「……タカ……あのね、私……」

「いや、かえって迷惑だったかな? 養護院の先生なんて、ちょいと迷惑そうだったしなぁ、俺ってバカだしなぁ……あはは」

「いえ、そんなことない。先生たちも楽しかったって……あの、でも」

 タカは照れて空を見上げ、頭を掻きながら、でへへと笑った。

「タカ、気持ちはうれしいの。でも……」

 レサは言葉に詰まった。さすがに、言いにくい。

「いいんだぁ、レサ。それだけで充分だぁ、俺。もういいからさぁ……」

「????」

 タカは手を入れ変え、頭を掻きつづける。

「どんなに頑張ったってセルディにかないっこないし、ヤツが相手じゃ、誰もレサに惚れられようなんて思うバカいねぇよ」

「……タカ……」

 今度はレサがうつむく番だった。


 セルディが相手……そのような夢のような話は、ありえない。


 セルディは生粋の王子なのだ。

 エーデムの王位継承権も三番目、政変で追われたとはいえ、ウーレンに戻れば、正当な王位継承者である。

 とても孤児であるレサと釣り合う相手ではない。

 友達のように口をきけるのだって、本来は考えられないことなのだ。

 

「おい、いいじゃないか。好きなんだから。別にどうこうてんじゃなく、好きってことはいいことなんだ。なんかこう……思えば元気が出てくるだろ? それでいいじゃないか」

 タカは、笑い半分、照れ隠し半分で、鼻の下をこすりながら言った。声は、レサが真っ赤になるほど、かなり大きかった。

「す、す、好きとかさ、そういうの、け、け、結婚してほしいのと、また違うんだ」

 現実的な言葉を出して、タカは緊張したのか、ややどもった。

「お、俺さ、レサのために働いていると思ったら、すっげー頑張れたんだ。だから、それでいいんだ。セルディの側にいるレサも好きだ。レサが笑顔でいたら、うれしいから……」


 純粋に、好きということ。

 レサは何だか泣けてきた。


 自分もそこまで思えるだろうか?

 セルディの笑顔のために、別な少女が横にいても?

 レサには、とてもそこまでは耐えられない。

 叶わないと思いながらも、ふりむいてほしいと思ってしまう。だから時々苦しい。


 タカだって、そんなはずはないと思う。でも、無理をして平気でいられるほど、タカは役者ではない。

 本当にそう思おうとしているのだ。

「……タカ、ありがとう。私……」

 涙がぽろりとこぼれそうになり、レサは片手で口元を覆い、片手をタカの腕に掛けようとした。


「ちょいとまった!」


 突然のトビの声。


 タカとレサは、思わず厩舎の入り口に目をやった。

 逆光の中、二頭の馬を引いたトビの姿が浮き上がる。

「タカ、おまえだけいいカッコして、ちょいと違うんじゃないか?」

「そうだ、そうだ」

 後ろから他の少年たちの声がする。

「だいたい、おまえが台所だ、養護院だといって、ここを留守にしている間、おまえ担当のこのじゃじゃ馬たちは、誰が面倒見たっていうんだ?」

「そうだ、そうだ」

 タカの顔が、ひきつり笑いに変わった。

「俺は馬房を掃除して、二回蹴られたぞ」

「俺は飼葉を与えていて、三回噛まれたぞ」

「俺は運動していて、四回落とされたぞ」

「それもこれも、おまえが牝馬ひんばの扱いが下手だからだ!」

 そう怒鳴るトビの手元で、タカ担当の牝馬がぶひぶひ鼻を鳴らした。

 トビたち四人の過労は、タカのそれを超えているようだ。

 タカは、ぴんぴん頭をさらに逆立てて、必死に頭を掻きまくった。


 どうやら、影の功労者はタカ一人ではないらしい。


 馬を馬房に押し込むと、トビはくるりと気取ったターンを決めた。

「エーデムにどんな深窓しんそうの姫君がいようともだ、俺たちの姫君はただ一人さ」

「そうだ、そうだ」

 みんな揃って声を上げる。見事な呼吸だ。

 最初はぽかんとしていたレサも、ついおかしくなって笑った。

「そして俺たちは、大事な姫を、セルディ以上の男じゃないと渡さない、って誓った」

「誓ったよな」

「そうだよな」

「そうともな」

 少年たちは一人ずつタカをどつき、そのたびにタカは「いて!」と声を上げた。

最後にトビが再び戻ってきて、タカをついに臭い寝藁の中に突き倒した。

 そして、うやうやしくレサの手を取ると、騎士のように挨拶した。

「俺たちみんな、レサのためなら頑張れる。だから、いつでも最高の姫様でいてほしい。どんなわがままだって、俺たちは果たす。俺たちはいつでも君の騎士だ」

 馬糞の香りたつ臭い台詞に、レサは思わず吹き出した。

 そして思いっきりトビを叩いたので、トビもよろめき、タカの隣で臭い寝藁に埋まってしまった。

「いやぁだぁ、あなたたち。そんなに頑張らなくても、ほら、私はもう元気! さあ、お茶をいれましょうね! 焼き菓子が今日はたくさんあるの!」


 馬臭い騎士たちと下働き姫の楽しいお茶会が始まった。

 みんな口々に、レサの回復を祝う。照れて笑い飛ばしてしまったけれど、レサはみんなの気持ちがとてもうれしかった。

 本当のお姫様だって、これほど幸せな少女ではない。

 エーデム王子が現われた時には、まるでお酒でも入っているかのような盛り上がりで、さすがの王子も目を丸くしたほどだった。



  =影の功労者/終わり=

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