拝み屋怪談 怪談始末
覗き目
覗き目
高校最後の夏休みにはこんなこともあったと、妻がさらに語った話。
昼間、自宅の近所にあるレンタルビデオ店に入った時のことである。
店内のいちばん奥にある、日本映画のコーナーに行った。中腰になりながらずらりと並んだビデオの背表紙を眺めていると、ふいに前方から強い視線を感じる。
不審に思って顔をあげてみると、スチール製のビデオ棚の細長く開いた隙間の向こうから、茶色く濁った男の両目が、こちらをじっと覗きこんでいた。
内心どきりとしたものの、何食わぬ顔を装い、さっと目をそらす。
顔をあげて足を動かし、再び気を取り直しつつビデオの列へと視線を戻す。
だが、しばらくするとまたしても前方から強い視線を感じる。
恐る恐る顔をあげると、やはり男の両目が妻の顔をまっすぐに見据えていた。
ビデオの列と棚板に挟まれた細狭い隙間から覗いているため、男の顔は一部しか見えない。
ただ、どろどろと脂ぎった浅黒い頬の一部と、毛穴の開いた鼻は確認することができた。
さすがに身の危険を感じ、その場を離れて歩きだす。
店の入り口へ向かってつかつかと歩きながら、棚の隙間へ再びちらりと視線を向けてみた。
男の両目も妻とぴったり歩調を合わせ、滑るような動きでついてきていた。
ぞっとしながら視線を前方へ戻す。
このままだと、什器の端で鉢合わせになってしまいそうだった。そうなれば何されるかわかったものではない。行動から察して、男が普通でないことは明白だった。
意を決してたっと駆けだし、棚の端へと大急ぎで向かう。
が、再び横目で棚の隙間を見ると、男の両目も同じ速度でついてくる。
棚の端まで残り一メートル辺りまできたところで、もう一度隙間のほうへ目を向けてみた。
妻の視線の直線上に、茶色く濁った両目がぎろりと覗いている。
まだついてきていた。このままだと棚を抜けた通路で鉢合わせになる……。
棚を抜けたらそのまま全速力で店を出よう。生きた心地もしないまま、ビデオ棚の端から勢いよく飛びだす。
とたんに妻の足がぴたりと止まる。
ビデオ棚の向こう側は、壁だった。
それでようやくこの店の間取りを思いだす。
日本映画のコーナーは店内のいちばん奥。棚は壁を背にしてぴたりと設置されている。
紙のように薄い人間でもない限り、棚の向こうから妻を覗くことなど、できないのである。
(終)
* * *
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他のエピソードを読む: https://kakuyomu.jp/special/entry/kaidan2018
「拝み屋怪談」シリーズ 郷内心瞳/KADOKAWA文芸 @kadokawa_bunko
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