拝み屋怪談 鬼神の岩戸

求愛

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 ある真夜中のこと。


 就寝中に尿意を覚えて目覚めた知里さんは、トイレから戻ってくるなり悲鳴をあげた。

 自室のドアの前に、タキシード姿の大きな人形が突っ立っていたからである。

 よく見てみると人形は、友人宅で花嫁人形と対になって飾られている花婿人形だった。

 フランスの著名な人形師が手作りで丹念に仕上げたという、身の丈六十センチほどの、精巧な顔立ちをした人形である。平素は友人宅のリビングに設えられたガラスケースに、花嫁人形と並んで飾られているはずのものだった。

 悲鳴を聞きつけた家族が駆けつけてきたが、家人はこんな人形など知らないと答えた。

 わけが分からないまま友人に連絡を入れてみると、確かに花婿人形がいないという。


「あんたのイタズラじゃないの?」


 強い口調で問い詰めたものの、当の友人は「絶対違う」と否定した。

 知里さん自身も、友人がこんな悪ふざけをする性分でないことは、百も承知だった。

 無言で微笑みながらこちらを見つめる人形の生々しい目線に、背筋がぞっと凍りつく。

 気味が悪くて堪らず、人形は翌日すぐに友人宅へ返しにいった。



 ところがそれから数週間後、人形は再び知里さんの部屋の前に現れた。

 状況は前回とさして変わらず、真夜中過ぎに台所へ行こうと自室のドアを開けた瞬間、部屋の前の廊下に突っ立っていた。

 さらに語気を荒げて家族と友人を問い詰めてみたが、どちらもひどく困惑した様子で、やはり知らぬ存ぜぬの一点張りだった。

 ただしこの日は一点だけ、前回と決定的に異なる事態が起きていた。

 友人曰く、リビングに飾られた花嫁人形の顔とドレスが、鋭利な刃物のようなものでずたずたに引き裂かれ、ガラスケースの中で横たわっていたのだという。


 花婿人形は後日、花嫁人形ともども、寺で焚きあげてもらったらしいが、今でも時折知里さんは、夜中に自室のドアの向こうから不穏な気配を感じることがあるという。


(終)


* * *


ドラマ化も決定した郷内心瞳「拝み屋怪談」シリーズ全5作、好評発売中

他のエピソードを読む: https://kakuyomu.jp/special/entry/kaidan2018

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