拝み屋怪談 禁忌を書く
死霊歌
死霊歌
八月初めの蒸し暑い盛り。高校生の公佳さんが体験した話である。
部活へ向かうため、通い路に使っている田園沿いの田舎道に自転車を走らせていると、道端に花束やジュースが供えられているのが、ふと目に留まる。
前の晩、地元で交通事故があって運転者が亡くなったのだと、母から聞かされていた。多分ここが現場なんだろうなと察しながら、そのまま部活へ向かったのだという。
その日の夕方近く。
部活が終わって家路をたどっていると、またぞろ件の事故現場に差しかかった。
母の話によれば、事故で亡くなったのは若い女性だったのだという。
どんな人かは知らないけれど、まだ若いのにかわいそうだなと公佳さんは思う。
そんなことを思いながら、道端に供えられている花束などをじっと見つめているうち、だんだんと気持ちが落ち着かなくなった。自転車を停めると、花束の前にしゃがみこみ、女性の冥福を祈って手を合わせたのだという。
気の向くままに祈りを捧げ、再び自転車を漕ぎ始めた時だった。
どこからともなく、お囃子の音色が聞こえてきた。
毎年八月に入ると、地元の方々では地区ごとに主催するささやかな夏祭りが開かれる。今夜もどこかでお祭りがあるのだと思い、お囃子を聴きながら自転車を走らせる。
ところがよくよく聴いていくうち、それがお囃子などではないことに気がついた。
リズム自体は確かにお囃子の調子に似ているのだが、音色は笛や太鼓のそれではなく、くぐもった女の声が鼻歌を奏でるものだった。
それも全体的に音程がおかしく、時々うめき声や絶叫にも似た、薄気味の悪い声音が歌の中に混じりこむ。その印象は歌というよりむしろ、正気を失った女が思いつくまま適当な言葉やうなりを好き放題に吐き連ねているように受けとれた。
聴けば聴くほど気味が悪かったし、周囲を見回してみてもお祭りを催す気配はおろか、声の出処すらも判然としない。
声は結局、公佳さんが自宅へ帰り着くまで延々と続いた。
その間、声の調子は一切変わることがなかったが、蒼ざめながら玄関戸を閉めた瞬間、ぴたりと?のように立ち消えたという。
夕飯の席でこの話を家族にすると、苦い顔をした祖母にこう言われた。
「お前がかわいそうだって思っても、相手がどんな奴だったか知れたもんじゃねえんだ。見ず知らずの仏さんなんか、気安く拝むもんじゃねえ」
それを聞いて以来、公佳さんは見知らぬ他人に手を合わせることを厳に慎んでいる。
(終)
* * *
ドラマ化も決定した郷内心瞳「拝み屋怪談」シリーズ全5作、好評発売中
他のエピソードを読む: https://kakuyomu.jp/special/entry/kaidan2018
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