卒業式の写真

 あの日あたしはチョコレートを渡すことができなかった。せっかく作ったのに。苦手な料理に取り組んで丹精込めて作ったのに。何であそこで足が止まったの。

 公園で咲が空に渡しているのを見た。あたしもそれに続けばよかったの。流石に一緒には無理だけど、後から空を追いかけて渡すことも出来たはず。

 でもきっともう一度時間が戻ってあの場面にタイムトラベル出来たとしても同じ結末を迎えると思う。

 だって咲の悲壮感に満ちた表情を見た後では、あたしまでそうなるんじゃないかって。その恐怖心には勝てっこないから。




 三月一日。卒業式。再び桜の花が顔を出し始める。もう少し暖かさが増せばひょっこりと顔を見せるだろう。そしてまた来年度の入学式には桜の絨毯を校門前に敷いてくれるはずだ。

「いやーよかったね!みんな進路が決まって!」

「そうだな。お前だけが心配だったんだけどな」

「俺は勉強はできるんだよ!成績もお前より上だっただろ!」

 成績面では問題ないのだが俺が心配していたのは、性格面だ。本番にイージーミスをしてしまいそうな気がしてならなかった。

「さすがだよ」

 適当に受け流す。

「そういえばみんなどこに進学するんだ?」

「空はグループLINE見てなかったのかよ。えーっと咲ちゃんが東京女子大。かなちゃんが専門学校かな。んで夏恋ちゃんが」

「西東京外国語大だろ」

「さすがよく分かってんじゃん!」

 受験終わった後夏恋と少しLINEをして知った。俺の通う大学は神奈川圏内の私立大学。電車で行けなくはないけど少し遠い。でも彼女も一人暮らしはせずに電車で通うらしい。もしかしたら駅とかで会えたりするかもしれない。

「ちゃんと今日夏恋ちゃんに告白しろよ?」

「ば、馬鹿お前何いってんだよ」

 急に変なことを言うもんだから驚いてしまった。

「本当に彼女が好きならね。ちゃんと気持ちを伝えないと後悔するぞ」

「ああ。分かってる」

「あの時の約束忘れてないからな」

 あの時とは冬に公園で約束したあのことだろう。俺は迷っていた。初恋だった佐々木。今好きなのは夏恋。初恋を取るか現在の恋を取るか。苦悶していた。その時背中を押してくれた鈴木の為にもこの恋に決着をつけなくてはならない。

「おう」

 俺は頷く。最後の登校を一歩ずつ踏みしめながら歩いていった。




 卒業式は素っ気なく進行した。一度大まかな予行練習を行なっているしこの行事も三回目。小学校からのも含めると飽き飽きとするほどだ。

 いつもの体育館にところどころ花の飾りが施されている。壇上は校旗と国旗が堂々と挙げられそこに立っている校長先生の顔も一年の最後の大仕事による緊張が見られているが、終われば大休暇が待つことによる喜びの顔も見受けられた。

 来賓の顔も毎度同じような顔ぶれ。香水の匂いも鼻につく。お馴染みの空気感でもいざ自分が卒業するとなると心がざわつき異様であった。

 卒業式も終わり無事に証書も受け取ることができた。現在は教室にいる。先生からの最後の話を聞きようやく解散となった。

 卒業生は一喜一憂している様子だ。みんなとの別れを惜しみ泣き崩れる者。脱獄したかのように学校に通わなくていい事実に歓喜する者。人それぞれだ。

 写真部のメンツでも集まった。大した話はしていない。また会おうねといった具合だ。きっと彼ら彼女らとならまた会える気がした。

 その時はすぐに来ることになる。




 由比ヶ浜はいつものように夕日に照らされ、波が襲いかかる生き物の手のように。穏やかだがいつでも襲撃できる恐ろしさがある。

 砂浜には小さな足跡がある。スニーカーの底を型どった形をしている。その可愛らしい足跡に吊られるように俺は歩いていた。

 その先には制服を着飾った一人の彼女がいた。海を眺め俺に背を向けている。紺色のブレザー。同色のスカート。ひざ下まで伸びる白いソックス。白色のコンバースのスニーカー。そして金色のツインテール。

「ごめん待たせた」

「うん。大丈夫。あたしも会いたかったから」

「話がある」

「聞いてあげる」

 シンプルな言葉でいい。難しいことは言わなくてもいい。いつだって気持ちを伝える言葉は

「好きだ。夏恋。俺と付き合おう」

 西日が俺たちを照らす。夏恋の表情は影となってはっきりと捉えることはできない。

「うん。こちらこそ」

 俺はどんな顔をしているのだろう。くしゃくしゃな顔では無いだろうか。考えるだけで恥ずかしくなる。

 俺たちは付き合った。これからはいつだって会えるわけではない。もしかしたら長い間不縁になることもあり得る。

 だから俺は

「夏恋こっち向いてくれ」

「え、なに?」

 考える隙も与えない。パシャっとシャッター音が響いた。満足そうに微笑む彼女の姿が映し出された。

「ちょっと何してるのよ!」

「いいだろカップル同士なんだから」

「もうしょうがないわね」

 携帯に保存されたその写真は今までに撮ってきたどれよりも美しく、大切な心の一片になったのだ。


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写真部と恋模様 夏風風鈴 @tyaaahan

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