第20話 昼下に噂話

 散歩会から半月ほど経った、ある晴れた日の昼休みのこと。昼食を終えたあと、運動がてらキャンパスをぐるっと一周している最中に、賑やかな声が聞こえた。

 声の出どころはグラウンド。学生と思わしき若者たちと、イヌ科のアニマルガールたちが走り回っていた。バトンを持っているということは、どうやらリレー対決をしているらしい。勿論ヒトとアニマルガールでは全く勝負にならないので、大幅にハンデをつけているようだった。


 散歩会が終わったあと、「アニマルガールの施設利用システム」を構築するという話が持ち上がった。

 発起人はレイだった。アニマルガールに最も近い飼育員という立場、そして散歩会の人脈を使って、あちこちに交渉していたらしく、あれよあれよと言う間にシステムの仮運用まで至った。

 これまでは許可を得る書類がどうこうと面倒だったのが、オンライン上でワンクリックだ。タブレットを使うアニマルガールなら自分でやるだろうし、使い慣れていない子もその辺のスタッフに言えばすぐに対応してもらえる。

 現在は一部の運動場のみに対象が限られているが、しばらくしたら図書館や他の運動施設でも本格的な運用が始まるだろう。


「……仕事のできる男だなぁ」


 レイは能動的にバリバリ働いている。一方で受動的な態度を貫いてばかりの日々と比べると、ちょっと不甲斐なくてため息が出るけれど、あんまり彼のことを持ち上げすぎても「期待しないでくれ」と拒否されるだけだろうか。


 一方で、レイの担当アニマルガールであるアカギツネも、これまで通り大学での勉学に励んでいる。むしろこれまで以上に熱心かもしれない。

 よく授業後に質問しにくるので、答えたあとに軽く雑談もする。あそこで何があったか全部を知っているせいで、だいたいレイに関する相談や愚痴になるけれど。妹扱いされて振られたくらいが何だ、と闘志を燃やしており、仲の良いアニマルガールや学友たちとあれこれ作戦を練っているらしい。

 だからって「ヒトのオスへの求愛って何をすれば効果的かしら?」っていろんな人に聞いて回って外堀を埋めようとするのはやめなさい。



 グラウンドで盛り上がるアニマルガールの中には、見知った顔が混じっていた。丸っぽい大きな耳を見間違えることはない、なぜならほぼ毎日彼女の元へと通っているから。

 立ち止まって彼女を見ていると、向こうも気がついたようで、目が合った。会釈すると、彼女も小さく手を振った。


 しばらく眺めていると、リレー対決は、ハンデのおかげで一応ヒトの学生側が勝った。あれだけのハンデがあったのにほんのぎりぎりのところで勝ったのは、殆ど負けではあるが。

 学生とアニマルガールたちが談笑しながらグラウンドから戻ってくる中、リカオンが駆け寄ってきた。


「こんにちは、ヨウさん。職場ってジャパリ大だったんですね」

「ええ、そうだよ。……あなたなら既に勘づいてたんじゃないですか?」

「ふふ、さあ、どうでしょう」


 リカオンのいる「じゃぱりケーキ」には、なぜかこの島のあらゆる情報がやって来る。先日のレイの件で、彼女の大きな耳は地獄耳でもあるとよくわかった。


「今日はケーキ屋さんはお休み?」

「お店は定休日ではないですが、シフトの都合で私だけ。コヨーテたちに今日のリレー大会に誘われてたのでちょうど良くて」

「なるほど」


 常連と、オフの店員。こんな調子で世間話をしていると、「ところで耳寄りのお話が」なんて言ってくるから油断ならない。


「じゃぱりケーキではカップル向けのサービスをやっているんですよ、マーゲイの趣味で」

「壁にポスターが貼ってあったっけ」

「そうです。一緒に来店した二人の愛情を示せば、その分だけ安くなったりおまけがついたりするんです」

「見たことあります」


 以前来店した際に見たことがあった。仲の良いアニマルガール同士がなかなか濃厚なスキンシップを見せて、おまけのケーキを貰っていたっけか。マーゲイがうんうんと職人のような顔で頷いていたのを覚えている。


「それで最近、飼育員さんとその担当フレンズが一緒に来て、おまけを貰っていきましたよ?」

「えっ!? 何してんのレイさん!?」

「飼育員さんが誰かなんて一言も言っていませんよ?」

「……あなたがわざわざこうして伝えてくるのは一人しかいないですよね?」

「うふふ」


 声真似はマーゲイの十八番で、私はそうでもないんですけど、と言って、再現を始めるリカオン。

「積極的にハグでスキンシップをしながらも真剣に受け取ってもらえないようでいる背伸びした感情、一方であくまで妹扱いのつもりでありながら実は心を許した相手にしかできないであろう頭ポンポン……! 互いの想いがいつか化けるタイプね、キツネだけに……! これはこれでベストカップル……!」

 二人の情景が浮かぶ。

「……って小声で言ってました。本当はお客さんのことあんまり言っちゃダメですけど、まあ私はマーゲイのことしか話していませんから。それにヨウさんのおかげだということで特別に教えちゃいました」

「おかげ、かぁ……」


 まぁ、珍しくお節介はしたかもしれない。


「これから色々相談されるかもしれませんよ? ジャパリ大のキューピッド先生?」

「……はい?」


 変な声が出た。リカオンがそれに答える前に、遠くから彼女を呼ぶ声がした。


「ほらリカオン、ご飯食べに行こー!」

「今行くー! ヨウさん、またじゃぱりケーキで!」

「あ、ども……」


 友人達の元へ駆けてゆくリカオンに軽く手を振ったが、その手はすぐに額へと場所を移し、薄らと痛い頭を押さえた。

 キューピッド? またなんか勝手に祭り上げられていやしないか? いや散歩会の件で言われたのに比べたら今回は割と根拠がある? だからって持ち上げないでほしい。サンプル数一個を一般化するな。

 しかしヒトの口に戸は立てられぬ。アニマルガールも然り。


 ため息が漏れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Before the lucky 丁_スエキチ @Daikichi3141

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ