三度目の告白
仲咲香里
三度目の告白
いつからだろう。
高校生活を振り返ると、私の思い出の中には、いつも彼がいる。
二回告白して、二回とも振られた、元クラスメイトっていう言葉が、一番しっくりくる関係の、彼のことが。
高校一年の時に、出席番号順に回ってきた初めての日直で、私が書いた日誌を見て、
「
彼が言ってくれた、その一言がきっかけだった。
他に取り柄も、自慢できることもない、ごくごく普通の私が、唯一他人に誇れたこと。
高校に入って辞めてしまったけれど、小・中学生の時習っていた書道のおかげで、字だけは綺麗だって、大袈裟だけど、自負できた。
そんな些細な私に、気付いて、伝えてくれた、初めての男子。
その瞬間から、おかしいけど、私は彼を、意識し始めたんだ。
加瀬くんは、いつも穏やかで、マイペースで、クラスの中心にいるような人ではないけれど、彼を知る人に聞けば、
「あいつって、いいやつだよなー」
「すごい、いい人だよねー」
そう答えが返ってくるような、そんな人。
せっかく隣の席なのに、友だちがいないと、私からは話し掛ける勇気もなくて、加瀬くんの方から話し掛けてくれるのを、期待しながら待ってた。
次の席替えで、一番遠い席になるまで、毎日。
席が離れてからは、また日直が回ってくるまで、私はいつも、彼のことを目で追っては、一つずつ、好きなところを、増やしていってた。
日直が消し忘れた黒板を、消してあげてる彼。
隣の子に、教科書を見せてあげてる彼。
今日当たるって友だちに、答えを写させてあげてる彼。
重い荷物を、女子の代わりに持ってあげてる彼。
レギュラーになれなかった友だちを、励ましてあげてる彼。
誰かと楽しそうに話して、穏やかな笑顔を浮かべる、彼。
普段は挨拶程度しか話すことがないから、体育祭で、みんなの声に紛れて、大声で彼の名前を呼んだ時には、一日分の体力を使い果たす位、緊張したんだ。
そんな私が、友だちから、文化祭中に屋上で告白すると必ず成功するらしいよっていうジンクスを聞いて、一度目の告白をした。
理由は、何でも良かったんだと思う。
ただ、日に日に募る好きっていう気持ちを、伝えずにはいられなくて。
彼なら、優しく受け入れてくれる気がしたのも、あるかもしれない。
こうして、ほとんどまともに話したこともない、私の呼び出しに応じてくれる、優しい彼だから。
「あ、あのっ、加瀬くん。私、加瀬くんのことが、好きですっ」
一瞬の沈黙の後、状況を理解した様子の彼が、困惑しつつ口を開く。
「あ、えっと、ごめん柏木さん。僕、柏木さんのこと、今までそんな風に考えたことなくて……。気持ちは嬉しいんだけど、えっと、だから……」
「ううん、ごめんね、加瀬くん! ここまで来てくれただけでも、嬉しいから……」
そう言うと、私は、走ってその場を離れた。
私を傷付けないように、言葉を選んでくれてる彼の優しさが、胸に響いて、涙が溢れる、その前に。
振られたって分かってるのに、次の日から見掛ける彼も、やっぱり、私が好きなところでいっぱいの加瀬くんで、私は密かに、想い続けていた。
二年でクラスが離れてからは、姿を見つけただけで嬉しくなって、すれ違っただけで幸せになって、挨拶されたら、その日一日中浮かれてた。
一度振られてるのに、やっぱり気になって、ずっと忘れられなくて、見込みなんて全然ないのに。
街で見掛ける、特設コーナーのポップとか、パッケージにメッセージが書けるようになってる仕様とか、テレビから流れる後押しするようなコピーとか、全てが気持ちを盛り上げてくれてるみたいで。
もう一度、好きって言いたくて。
バレンタインに、二度目の告白をした。
他に二人きりで話せるいい場所が思い付かなくて、あの屋上に彼を呼び出すと、優しい彼は、再び来てくれた。
「加瀬くん。やっぱり私、加瀬くんのことが好きですっ。あのこれ、手作りじゃなくて、普通の市販のチョコだからっ。いろいろ大丈夫だからっ。できれば受け取って下さい!」
再び、一瞬の沈黙の後、彼が迷いつつ、口を開いた。
「ありがとう、柏木さん。気持ちはすごく嬉しいんだけど、えっと、ごめん、実は僕、甘いのってちょっと苦手で、だから……」
「あ、そっか、ごめんね加瀬くん! これはじゃあ、私が食べるねっ。今日は来てくれて、ありがとう!」
私はまた、走ってその場を離れた。
分かってたから、大丈夫。
知らなかったのは、彼が甘いもの苦手だってことだけだから。
帰り道、家の近くの公園で、一人で食べたそのチョコは、しょっぱい味でコーティングされてて、全然甘くなんてなかった。
そして今日、高校生活最後の、卒業式。
これで、最後にするから。
彼への想いも、優しかった記憶も、全部、思い出にするから。
今日は、泣かないって決めてるから。
それでもやっぱり、好きって伝えずには、終われないんだ。
きっとまた、私は振られてしまうだろう。
春からは、別々の大学、別々の街、別々の、生活……。
大好きだった彼が、最後に見せてくれるのも、申し訳なさそうな、困ったような、あの顔なのかな。
でも、私が彼に見せるなら、彼だけが知る、あなたを想う笑顔がいい。
もう、誰もいなくなった、いつもの屋上。
優しい彼は、やっぱり来てくれた。
私は振り向いて、彼に正面を向ける。
三度目の、告白。
「加瀬くん、私、ずっとあなたのことが……」
「柏木さん、ごめんね」
私の胸が、初めてズキリと、音を立てて痛む。
今日は、最後まで、言わせてもくれないなんて。
これじゃ、彼に返す言葉も、走り去るタイミングも、上手く見つけられないよ。
そんな私の様子に、気付いているのかどうか、彼が続けて口を開いた。
「今日は、僕から言わせて」
少し緊張した面持ちで、一度、気合いを入れるかのように、彼が小さく息をする。
そして、私を真っ直ぐに捉えた。
「一途に想ってくれる柏木さんのことが、好きになりました」
「……え?」
「柏木さん、いつも途中で走って帰っちゃうから、僕、何も伝えられなくて。次の日からは、目も合わせてくれなくなるし、声掛けようとしても、逃げられちゃうし……」
「え?」
「高一の文化祭の時は、だから、友だちからで良ければって、言おうとしたのに」
「え?」
「高二のバレンタインの時は、だから、一緒に食べようって、言おうとしたのに」
「え?」
「……さっきから、え?、ばっかりだね」
そう言って彼が、ふっと、おかしそうに笑う。
「だ、だって……っ」
「四月からは、少しだけ離ればなれになっちゃうけど、今度は僕の方から会いに行くから、だから、僕の彼女に、なってもらえませんか?」
最後に、お互いが見せ合ったのは、相手を想う、照れたような笑顔と、嬉し涙。
三度目の告白は、彼がくれた。
高校生活、最初で最後の、最高の思い出。
三度目の告白 仲咲香里 @naka_saki
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