家出してきた妹に線形代数を教えることになったんだが。

第4話 ベクトルってなに？

「ねぇ、教えて？」

「……教えてって言われても」

俺は腕を組んで考えた。教えるのは構わない。むしろ妹が数学に興味を持ってくれるなんて、兄としては最高に嬉しいことだ。だけど、なぜ急に？

「どうして知りたいんだ？」

「……それは、まだ言えない」

空は俺の問から逃げるように目をそらした。

まだってことは、いずれ言ってくれるのかな。まぁいいや。別に拒む理由もないし。

さて、何を話そうか。いきなり線形代数の話をしてもなぁ。基礎がないと聞いてもわけがわからないし。

よし。まずはベクトルの話をしよう！！

「空、ベクトルって知ってるか？」

「ベクトル……聞いたことある！けど、学校ではまだ習ってないよ」

そうか。空はまだ高校二年生だから、ベクトルの範囲はこの時期だとまだ習ってないのか。

「それじゃあ線形代数はひとまず置いといて、ベクトルについてお話しようか」

「ベクトルが線形代数？」

「違う。線形代数を学ぶ上で必要となるもの。つまり基礎」

俺は適当なA４の真っ白な印刷用紙とペンを用意した。

「早速だけど、ベクトルを描いてみようか」

俺はペンを横に一直線に走らせた。

ーーーーー→　　（実際、線は繋がってます。）

「こいつがベクトル」

「矢印がベクトル？？」

「そうそう！ざっくりだけど、それでいい。イメージはつかめた？」

「それじゃあこれもベクトルなの？」

「これって？」

空は俺からペンを取ると、先程と違うベクトルを描いた。

←ーーーーー

「そう！逆方向でもベクトル。縦、斜めでもベクトル。全部ベクトルだよ。あと、俺達は無意識に平面だけで考えているけど、空間でもベクトルを考えることができる」

「空間？？」

「そう。例をあげれば、空が住んでるこの世界、ここも三次元の空間」

「なるほど、それならベクトルも作れそう！！なんだ。ベクトルって思っていたより簡単！」

空は笑みを浮かべて楽しそうにペンを回した。

「イメージもつかめたところで、今から数学になるぞ。ベクトル＝矢印だと、定義として曖昧すぎる。だからきちんと言葉で理解するのが大切だ」

「ベクトルのていぎ？」

「そう。きちんと数学らしい言葉で定義するんだ。ベクトルって一体なんなのか。それを今から学ぶ」

「うん！ちょっと緊張してきた」

空は姿勢を正す。先程まで崩していた足を正座に直す。

「それじゃあベクトルの定義だ。まず、平面または空間に２つの点を取る。ここに紙もあるし、平面で考えて見よう。点だと見分けがつきにくいから、点にA、Bとそれぞれに名前をつけてあげよう」

A・　　　　　　　　・B

「ここで、AからBへの向きをもった線分を考える。直線じゃなく、線分を考えるのがポイントだ。このとき、Aを始点。Bを終点という」

線分AB

（始点）A・ーーーーーーー→・B（終点）

　　　　　　向き→

「ここで着目してほしい点がある。ベクトルは向きだけじゃなく、同時に大きさも表しているんだ」

「大きさ？」

「そうだよ。例えば」

向き→

A・ー→・B　　……①

A’・ーーーーー→・B’　……②

「①のベクトルと②のベクトルをよく見るとベクトルの長さが違うだろ？」

「ほんとだ！ということは、②は①より大きいベクトルってこと？」

「そういうこと！！大きさについてはわかったね。いよいよ大詰めだ。このような線分について、大きさと向きだけを表したものをベクトルという。これがベクトルの定義だ！」

＿＿ベクトルの定義＿＿

平面または空間に２点A,Bをとり、AからBへの向きを持つ線分を考える。このとき、向きと大きさだけを考えたものをベクトルという。

＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿

「お兄ちゃん。ちょっといい？」

「ん？どうした？」

「例えばだよ。これ見てみて」

そう言うと、空は紙に２つのベクトルを書き始めた。

ーーーーー→　　　　

ーーーーー→

「２つのベクトルがあるじゃん。向きと大きさは同じだけど、けどこれ位置が違うじゃん。お兄ちゃんが教えてくれた定義だと、この２つのベクトルは同じことになっちゃうの」

「まさしくそのとおり！空すげぇっ！」

思わず声が大きくなる。これは中々気がつけることじゃない。定義がきちんと理解していないと気がつけないことだ。

思わず空の頭を撫でる。空は少し恥ずかしそうに頬を染めると、俺の手から逃げるように頭を振った。

「もう、子供扱いしないの！」

「はいはい、けどほんとにすごいことだよ。空は数学向いてるかもな」

「ほ、ほんとっ？」

「俺が言うから間違いない！」

空は満面の笑みを浮かべた。褒められたことがよっぽど嬉しかったみたいだ。

「どう？ベクトルが何か、理解することできた？」

「うん！お兄ちゃんの説明わかりやすいからすぐにわかった！ねぇ、ベクトルのこともっと教えて！」

そこまでいわれるとこっちも教えがいがある。このままもっと教えたいけど、その前に、

「教える前に買い物にいくぞ。数学はその後だ」

俺と空はスーパーへ向かった。