#END
ブロック島での争いから半年程、世界はその有り様を変えようと、その為の痛みに悲鳴を上げるかの如く、声無き世界に代わりそこに生きる人々の不満や怒り、不安の声が悲鳴となって上がり始めていた。
あの日、世界各所から観測された流星群の様な光の帯。その光が元凶であると、一部はその様な憶測が囁かれている。
実際はどうなのか。元々そうなる特異点へと差し掛かったのだと言う者も居る。しかし真実を知るものはたった一人しかいない。
「スゴいですねぇ……スゴいですねぇこの大騒ぎの感じ。とってもスゴいですねぇ……さすがはベティ。いえ? 今はベティちゃん? どっちが良いですかぁ~? わたしはですねぇ、どっちにしてもあなたが愛おしいのでどちらでも構いませんねぇ……うふふっ、お人形さんみたいでかわいいです」
薄暗い部屋には大画面の液晶モニターが放つ光がぼんやりと人影を浮かび上がらせていた。脱色され金髪のようになった髪は波立ち、長さが余り腰掛けたベッドの上へと広がる。
小柄で、肩幅も狭いその背中は左右にゆっくりと揺れながら、甘ったるい言葉遣いがテレビから流されているテロ事件やそれに関連した報道の声に混じって部屋の中へと漂う。
真っ直ぐに切り揃えられた前髪はその人物の顔を隠すこと無く、ややつり上がった大きな目にはモニターが映り、ブルーライトは白い肌を照らし出す。
彼女の名は"アンジェラ"と言うらしい。と言うのも、名前は無いとして語ることがない為、彼女が好きだという役者の名前をそうして使っている様だった。
アンジェラはワイシャツと下を隠す下着だけという格好で、大きく露出した白い生足、その膝の上へとまた別の人物を乗せていて、その者の長い髪をゆっくり撫で付けたり、それを止めるとぬいぐるみでも抱くように両手を回して抱き締めたりする。そして彼女の膝の上へと座った人物はその手を持ち上げて、すぐ頭の上にあるアンジェラの頬へと丸みの強い小さな指先で触れた。それに擦り寄るアンジェラの行動にその者は小さく笑うと、彼女の両胸にちょうど挟まる位置ある頭を動かし、そして見上げた。
「……ありがとう、アンジェラ。私も貴女が好きよ。貴女のその世界を見詰める目、とっても素敵だわ。これからこの世はより乱れて行くことになる。きっと、貴女も満足できる筈……」
そして浮かび上がるのは、幼い、まだ幼過ぎる姿をした、それはしかし間違い無くベアトリクスその人であった。
深紅の両目にアンジェラを映したベアトリクスは子供特有の丸っこい顔で彼女に微笑みかけるとそう言って彼女の頬を指先でな出て行く。柔らかく、少しひんやりした感触が指からベアトリクスへと伝い、いつの日だったか娘であるミュールに触れたときのことを思い出させた。
そうとは知らずアンジェラはしかし無邪気な笑顔を浮かべ、ベアトリクスの言葉を正直に受け止めはしゃいだ様子を見せる。
「あはっ、本当ですかぁ? スゴいですねぇ……ベティはなんでも出来て、わたしのこともなーんでも分かっちゃうんですよねぇ……スゴいなぁ……そんけいしちゃうなぁ」
そうしてくすくすと笑い合う二人の前では今でもモニターの中でニュースキャスターが記事を読み上げていた。二人はまるでそれが面白いので笑っているようでもあった。
そうしてじゃれ合う二人であったが、すると突然モニターの光だけであった部屋に明かりが点され、そして二人は揃って部屋の出入り口を見る。そこに居たのは背の高い短髪の青年。彼は壁のスイッチに手を掛けていて明かりを点したのは彼であると分かる。
二人の視線を受けたその青年は戸惑った様子で、えっととか、そのとか、しどろもどろで言葉を出せなくなっていた。そこにベアトリクスは笑いかけると不満げな声を上げるアンジェラの膝から降りて彼に歩み寄ると、その手を取って部屋のベッドまで引き入れようとする。しかし青年は二、三歩動いただけでまたすぐ足を止めたので体格で圧倒的に劣るベアトリクスは逆に彼に引っ張られてよろめいてしまった。
驚いたアンジェラが声を上げるものの、すぐに青年はベアトリクスへと詰め寄りその両肩に手を置いて彼女を支えた。青年は申し訳なさそうに告げる。
「……ベアトリクス、貴方の言う通り世界中で力に目覚めた人たち、ニューヒューマン化が進んでいます。きれいに半分だそうです。ただの人のままで居るものと、そうでない者は」
ぼそぼそと小さな声で呟くように喋る青年。ベアトリクスはその一言一句をしかし聞き逃したりせず、ちゃんと聞いて行き、そして聞き終えた後にくすっと一つ笑い声を零す。
「そうでしょうね。皆が皆力を得てしまっては……それはそれで混沌として楽しそうではあるけれど……それは兎も角として、憎しみや悲しみ、負の感情を連鎖させるには負の感情を与えなくちゃならないわ。対立は破滅をもたらし、劣等感に優越感はそれを更に加速し増長させる。私が蒔いた種は絶対に全て芽吹くことは無い、これから世界はただの人とそうで無い人同士が潰し合う様に変わって行く」
「……既にエンチャンターが行動を起こしています。発生したニューヒューマンを次々と引き入れているようです。先導者を得れば、混乱の中にあってニューヒューマンたちが一気呵成に人々を蹂躙してしまうのでは?」
「それは無いわね。そんなことをしようものならアメリカ、ロシア、中国なんかの強国はきっと本気になる。エンチャンターが率いる一勢力なんか簡単にひねり潰されてしまう。そうなればニューヒューマンへの迫害は更に過熱する。一方的に追いやられる。彼もそれが分からないほど愚かでは無いでしょう。けど、いずれは彼にも御しきれなくなる。そうなれば今度はニューヒューマンたち同士で潰し合い、ただの人たちの中には懐疑心が代わりに芽吹いて行く。潰し合いをしながら、それらの中でも更に潰し合い……面白いじゃない?」
俯いた青年の手を引いて、彼をその場に屈ませたベアトリクスは、不安げな彼の顔を見つめ笑いかけた。その目はどこか彼のことを懐かしんでいるようでいて、しかしそれに気づかない青年は恥ずかしそうに視線を彼女から逸らす。
「恐い? 大丈夫よ、だってわたしが居るでしょう? ねえ、”エクリプス”スターク」
「……恐いですよ。人は恐い……違うからと、すぐに傷付ける。同じ人を……同じ人なのに……」
「同じ人でも、ね。……けれどスターク、貴方にとって私は違う。でしょう?」
ベアトリクスの穏やかで優しげな声を聞いた青年、スタークの表情は明るくこそならないもののそこに先ほどまであった恐怖と言った色は失せ、彼女を見る目は親鳥に縋る雛鳥のような色をしていた。
頷き、立ち上がるスタークを見上げ、ベアトリクスも満足げに笑顔を浮かべる中、ベッドから降りたアンジェラも二人の元へと歩み寄り、ベアトリクスを中心に三人が並び立った。アンジェラは言う。
「ですけどぉ……ベティにとってはどうでも良いんですよねぇ? わたしはベティの話を聞いてわくわくがスゴく止まらないですがぁ……ベティはそんなことよりもぉ……おっきくなって強くなることにしか興味ないんですよねぇ?」
「ええ、そうよアンジェラ。けれど、どうせなら賑やかなところで楽しみながらの方が良いでしょう?」
「あはっ、それ分かります。スゴく分かります。スゴいなぁ、ベティ……ねぇ、スタークもそう思うでしょぉ?」
俯きがちなスタークにアンジェラは無邪気にも話しかけるが、彼は反応を返さない。というよりはどう反応して良いのか分からないで止まっているようであった。が、伝えるべきことを一つ思い出したスタークは僅かに顔を上げてまだ話しかけるアンジェラをたしなめると共に二人の様子を面白げに観察しているベアトリクスを見た。
「……アンジェラ。それにベアトリクスも。旦那様がもうすぐお帰りになる。ベアトリクス、一応、迎えた方が良いのでは?」
「あらそう、じゃあ、貴方の言う通りにするわ、スターク。住むところを与えてくださっているのですものね……」
「ふふふっ、ほんとうはベティが魔法でどうにかしちゃったのにねぇ、おじさまのこと」
彼女らが今住まう場所はある実業家の所有する屋敷であり、衣食住はもちろん、彼女らの存在すらその実業家の男の手により隠蔽がなされている。都合の良い隠れ蓑というわけである。
アンジェラ、スタークは兎も角として、年端もいかない幼子としての姿であるベアトリクスは子供の居ないその男にとって刷り込みがし易かったというのもあった。
ベアトリクスはスタークの提案に頷き、二人にもついてくるようにと告げると彼女は魔法により身に纏う寝間着を黒と白のドレスへと変える。元々スーツを纏うスタークはそのまま、シャツだけのアンジェラにもその指先をベアトリクスが振ると、ぽんと音を立ててアンジェラの服装がエプロンドレスへと変わった。ちょっとした煙と星の煌めきという演出にアンジェラははしゃぎ、その場で跳ねたり回ったりする。
それを見て呆れるスタークとは裏腹にベアトリクスは愉快そうに笑い、一つ声を掛けた後に二人を引き連れ部屋を後にした。この屋敷の主人であり、偽りの父親を、同じく偽りの使用人らと出迎えるために。
――部屋では未だにモニターからニュースが流され続けている。その中で紹介されているのはヘリから銀行襲撃を中継した時の映像であった。超常の力を振るい、更には銀行員や来客を人質にされ警官隊は思うような行動を起こせず手をこまねいている。
このままでは犯人らは大金を手にまんまと逃げ果せてしまうことだろう。そして大きな爆発が生じた。犯人の一人が発現した力を使い爆炎を警官隊に向けた瞬間であった。ヘリのリポーターから悲鳴が上がる。しかしすぐにその異様な光景を目の当たりにしたリポーターから驚嘆の声が。そこでは噴き出た炎が時間を止めたかのように凍り付いていたのだ。そしてカメラを向ける先をリポーターは変えるように急かしつける。
指先が指し示した先は炎が凍り付いたそのすぐ直上、そこでカメラが捉えたものは空中に浮遊する黒いレザースーツとジャケットの人物。長い白髪を踊らせたその人物をカメラマンがつい”オーバーサイク”と呼ぶ。
時の歩みを元に戻し、炎を空中に巻き上げたオーバーサイクはそれを空高く天へと放出し、自らは転移門により空から姿を消す。慌てたリポーターの指示でカメラマンが銀行へとレンズを向けた時にはもう、衣服を剥ぎ取られそれでがんじがらめにされ裸でコミックヒーローがプリントされたかわいらしい下着を晒した犯人らが銀行から警察隊の前に放り出された後であった。
場面は変わり、現場の銀行からの映像になる。連行されて行く犯人一行と、解放されて行く人質たちを忙しく映した後、警官に止められながらも回され続けるカメラには最後の人質だと思われる老婆の手を引いて銀行から出てくるオーバーサイクが映っている。
インタビューをと記者が叫ぶと、老婆とハグを交わした後オーバーサイクはカメラに向かい笑顔と共に手を振って見せていた。
「――いけないいけない、テレビを消し忘れてました。あれぇ、あらぁ……オーバーサイク……ミュールちゃんじゃないですかぁ。ママに似てかわいいですねぇ。その内会う機会も来ると思うので、その時はどうぞよろしくねぇ? じゃあ、バイバイ……」
戻ってきたアンジェラはモニターを覗き込みオーバーサイクの姿を見つけるとその表情を綻ばせる。オーバーサイクが飛び上がり画面から居なくなるまでを見届けた後、アンジェラはリモコンを手に取りスイッチを切る。
ぷつんとモニターから明かりが、スピーカーから音声が途絶えると、軽やかな足音共に部屋からも明かりが消され、ドアが閉まる音の後に完全な暗闇だけが残されるのだった。
MULE&WARHEAD ~魔女の娘と魔女のパパ~ こたろうくん @kotaro
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