後の祭り
深井 ゆづき
第1話
駅から歩いて2分、自動施錠のマンションの7階に君は住んでいた。
付き合って6年、お互いが26歳になっていて、当たり前の存在になっていた。
当たり前を通り過ぎると、なにも思わなくなるのだなと、当時はよく思ったものだった。
好きかそうでないかもよく分からない。でも、嫌いではなかったし、彼女と結婚しようと思っていた。
結婚する人とは、こういうものだと僕は思っていたから。
水のように近くにあって、空気のように見えないもの。
彼女は料理をよく作った。
付き合い始めてから3年たった日、僕から、
「プレゼントだよ」
一緒に住む家のカギを渡したのだった。
嘘だ、と顔を隠しながら、それでも彼女は嬉しそうだった。
僕が仕事から帰ってくるまでに、彼女はよくパスタを作った。
彼女が茹で上げたパスタは、いつもきまって柔らかいけれど、好きだ。
なぜか好きだった。
休みの日には、二人で近所の居酒屋の500円の飲み放題によく行った。
お酒に弱いくせに、飲むんだと言っていつもピーチハイを
「氷をたっぷり入れてね」
と頼むのだった。
そんなジュースみたいなものをたった2杯飲んだだけで、耳まで真っ赤にして、彼女はご機嫌だった。
酔っぱらった君は、特にかわいかったんだ。
デザートを頼むのは忘れなかったし、彼女はいつもバニラアイスとゆずシャーベットを一口ずつ、交代に食べた。
二人ともに、同じ季節が流れていた。
そう思っていた。
結婚したいなって思っていたんだ。
でも、たぶん、思っていただけなんだ。
家に帰って合い鍵で開けても、部屋に君はいなかった。
どうすればよかった?
そんなこと分かってた。
僕の荷物は、もうまとめてあって、その上に手紙が置いてあった。
僕は、君がくれたリュックを背負っていた。
「なんちゃって」
ってでてくるような気がしてならなかった。
あと一年って思ってたんだよ。
僕がこうやって言い訳をしている間に、君は新しい好きなひとを作って結婚してしまうんだろう。
なのになんで、ウエディングドレスを着た君の横に立っている、キメた僕が思い浮かぶんだろう。
全ては後の祭りなんだ。
結婚したいなって思ってたんだ。
でも思っていただけだったんだ。
好きかそうでないかも分からなくなってたんだ。
でもよく分かった。
僕は君が大好きだったんだ。
ぼんやりと見つめる君の手紙には
「体こわさないでね」
と書いてあった。
空気は目に見えないけれど、無いと生きていけない。
涙が止まらなかった。
後の祭り 深井 ゆづき @yudu-moon
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