第3話避暑地にて
ある年の夏のこと、
わたくしが海を見るのは初めてでした。
それまでわたくしの知る
わたくしたちの宿は海を
ところで、わたくしまで
あまりの
“家では使用人でもここではお客なのだから、きちんともてなされてあげなさい”
そうでないとここの使用人が困るのだと
とは言え、
さてどうしたものか。
とりあえず奥様を
朝起き出したら
昼食を済ませた後は
この時訪れる客というのはM家を訪れるお客たちとは別ものです。奥様をこの地に招いた人に
夕飯もお風呂も済ませた後はくつろぎながら少し書き物を片付けて
奥様の様子をつぶさに見るのはこれが初めてです。
奥様の日々の
その頃のわたくしといえば、ひらがなが書けて読める
ひらがなでたった二文字の名前。
しゃがみこみ、しきりと首をひねっているわたくしの
ああ、分りました。
その日の朝の散歩を終えると、奥様は真っ直ぐとその家の
このような事は
奥様にとっては五十音のお手本帳を作ることも、練習帳を用意する事もただの“思いつき”だったに違いありません。ふと思い立ち、その思いを
別に奥様が
日がな一日何することも無く、
わたくしはまっさらな方を練習帳として、その日から字の
他にすることもありませんし、時間だけはたっぷりとありましたから来る日もくる日も稽古を続けました。取り立ててわたくしに
字の稽古をしている子供の姿など、そう珍しいものではありません。
でもそれは、
とりわけ熱心だったのは、奥様のお客のHさんです。
この人は本当に学校の先生でした。
気がつけばわたくしは、それまで思いもよらなかった
わたくしに日記を
わたくしは“カイエ”には何をどのように書けば良いのかと、先生に聞きました。
まずは日付。それからその日の
何やらでたらめな話をされているようでした。
そんな事を毎日、いちいち帳面に書きつける事に何の意味があるのでしょう?
わたくしは思った通りの事を先生に聞きました。
その時、わたくしと先生のすぐそばで書き物をしていた奥様が小さく
H先生は
“それは分らない。役に立つものなのかどうか。必要なものなのかどうか?それはやってみなければ分らない”
そこまで仰ってからH先生はふっと
“必要なものなら続くだろうし、必要ないものなら
それではさて、何を書きましょうという
近所に居る
それでわたくしは
そう言えば今朝、奥様が卵をもうひとつ
わたくしはハッとしました。
今日の事なのに、ついさっきまですっかり忘れていたのです。日記をつけるとはつまり、そういう事なのでしょうか。
こうしてわたくしの日記の第一日目は奥様と卵と避暑の話と
しかしこれもしばらくして
食卓の上には
そんな行く立てで、わたくしが日記につける事といえば日付とその日の天候だけとなっていったのでした。
晴れ。雨。くもり。これに時たま
その日の日付の横には“しけ”とあります。
その日は朝から
大人しか居ない家の中は非常に静かです。しかしそれは
昼を過ぎる頃には雨に風が付き、外の
“今日は
いつか
わたくしはまんじりともせず、じっとりと
そろそろ
奥様がわたくしの名を呼ぶのが聞こえました。外の騒ぎなどどこ吹く風とあっさり
わたくしの顔をご覧になった奥様は、カイエと鉛筆を持ってこちらに来るようにとわたくしに命じました。
“さあ、これからおまえを
おまえがいま恐ろしいと思うものを帳面に書いてみなさいと奥様が仰いました。
風
わたくしが書き出しますと、いままでおまえからそのようなことを聞いた事は無いが、先から風が恐かったのかと奥様がお
身を切るような冷たい風や歩みを
―それではおまえが
風は関係しているが他のものだろうと言う事になり、わたくしと奥様の
正体が知れてしまえば何の事はありませんでした。そう言えばこの家に居る者には
奥様とわたくしは息を合わせた忍び足で、
立て切られた
奥様もわたくしもぢくぢくとぬかるんでいるはずの表に足を
外には星空が広がっていました。
それこそ
奥様は
わたくしはその
天の川が本当の川のように流れていました。
空を
奥様と手をつなぎ、見下ろした先にはやはり満点の星空が敷き詰められているのです。
目の下で天の川が、ゆったりと美しい光を放ちながら流れてゆきます。
普段は天に在るはずの星々が荒ぶる風に吹き散らかされ、強い雨によって地上に向かって洗い流されてしまったのでしょうか。今からこの後は天に星を見る事は無くなってしまうのでしょうか。
だんだんに夜が明けて、雲が切れて当たり前の空が顔をのぞかせ、何事もない一日の始まりを見届けた後に、奥様とわたくしは再び床に就きました。
二人ともに
“
夢あわせ @Aomi_kins8149
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