第5話 おせろ

 昔はよく家族旅行をしたな、とミサキは思った。

 家族4人で東京に行ったり、北海道に行ったり、楽しかったな。

 でも父親の事業が失敗してから旅行も行かなくなってしまった。


 中学生の時の思い出は、いつも不機嫌そうな父と、疲れ切った母の顔しかない。

 母はそれでも毎日のお弁当は欠かさず作ってくれた。

 兄はそんな家庭事情を知って、中学を卒業したらすぐに就職した。

 ミサキも就職するつもりだったが、両親と兄が頑張ってくれたお陰で高校までいけて、今日、就職して初めての給料が出た。


 東京にいる兄に、プレゼントをもって会いに行こう。

 ミサキは慣れない電車に乗り、スマホを何度も見ながら兄の住むマンションまで来た。道に迷い、到着したのは夜の10時過ぎだった。

 ここに来るには内緒だ。兄を驚かせたかったから。

 ピンポーン。

 もう一度鳴らすが、返事がない。

 やっぱりあらかじめ連絡してから来ればよかった。

 

 ドタン!

 家の中から大きな物音がした。

 「どうしたの?お兄ちゃん!」

 ドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。

 勢いよくドアを開け、ミサキは部屋の中に入っていった。

 

 冷蔵庫の前で倒れているケイタを発見した。

 そばには何故かアイスが転がっていた。

 「お兄ちゃん大丈夫!?お兄ちゃん!」 

 強く揺さぶっても返事がない。

 どうしよう。

 こういう時は、人工呼吸だっけ。

 でも兄となんて。

 どうしよう。そうだお母さんに電話しよう。

 「もしもし、お母さん?」

 「どうしたの、ミサキ。お兄ちゃんに会えた?」

 「お兄ちゃんが死んじゃった!」

 「は?どういうこと?」

 「倒れていたの。ここに」

 「落ち着いて。ここってどこ?家なの?」

 「そう、家。」

 「息はしている?脈は?それよりまずは救急車呼んだ?」

 そうだっだ。

 息は、しているようだ。仰向けに倒れている兄の胸が呼吸で上下している。

 手首で脈をとってみる。脈も、ある。

 「生きてるよ、お母さん」

 「早く救急車呼びなさい」



§§§



 小学生のケイタが、ミサキとトランプをして遊んでいる。

 父と母も一緒にババ抜きで遊んでいたが、最後は二人だけの対決となっていた。

 これは、家族4人で北海道に行った時かな、とケイタは思った。夢を見ているようだ。

 「次、私の番ね」

 ミサキはケイタの手札の中から一枚引いた。

 「やった!私の勝ち!」

 ケイタの手札にはジョーカーが一枚残った。

 「なんだよ、取りやすいように上に出していてあげたのに」

 「そんな手には引っかからないよーだ」

 「くそう。じゃあ次はこれだ」

 ケイタはオセロを出した。

 「えー?ずるい。それお兄ちゃんの得意なやつじゃん」

 「ちゃんと手加減するからさ」

 そう言いながらもミサキは負けず嫌いで、負けても何度も勝負を挑んできたっけ。

 この時のミサキは可愛かったな。素直で。

 でも、いつからだろう、あまり話さなくなったのは。



§§§



 目が覚めたケイタが見たのは、泣きはらした顔のミサキだった。

 「ここは?」とケイタが呟く。

 「あ、お兄ちゃん起きた?お母さん、起きたよお兄ちゃん」

 近くに座っていた母も「ケイタ、大丈夫?」と心配そうな声をかける。

 「うん。大丈夫。オレはなんでここにいるの?」

 「お兄ちゃん、部屋で倒れていたんだよ。」

 そうか、アイスを食べようとして、それから・・・。

 あれ?どうなったんだっけ。

 「過労だってお医者さん言ってたよ。もう少し遅かったら危なかったって」

 「働きすぎだよ、お兄ちゃん」

 「ミサキ、オレの部屋に他に誰かいた?」

 「いないよ。彼女さんの靴とかもなかったよ。どうして?」

 「・・・ううん、なんでもない」

 誰か知っている人に会った気がしたけど、気のせいか。


 「今日はね、お兄ちゃんにプレゼントを持ってきたの」

 ミサキはプレゼントを手渡した。

 「オセロ?どうして?」

 「前はよく遊んだなって」

 ミサキは膝の上にある自分の手をぎゅっと握りしめた。

 「・・・働き始めてからお兄ちゃんと話せなかったし。あと、プラモデルごめん」

 「小学生の時の?そんな前のこと忘れてたよ。全然気にしてないよ」

 ケイタはミサキの頭をポンポン叩いた。

 「そうじゃなくて、あれはね、かっこよくて、素敵だなって、私も見てみたくて手に取ってたら壊しちゃったの」 

 「あれから正直に話せなくなったし、お兄ちゃんも忙しくなったし」

 「だから、仲直り」

 オセロが仲直りなんて聞いたことないよ、とケイタは笑った。


 風が吹くとカーテンがふわっと舞い、その端にカーテンとは違う白い布がはためいていた。

 「ちっ」という舌打ちがケイタに聞こえたのは気のせいだったのだろか。

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あ行の少女 shima @00shima00

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