第26話 幕間.冒険者ギルド_アンナの推測

冒険者ギルドグランデル支部 事務部副部長アンナ=アントワース32歳は、新参でありながら出会いから普通ではなかった元幽霊こと、ハルを前に眉毛のハの字に歪めていた。


アンナは、14年の間各地の冒険者ギルドで冒険者の支援をしてきた。

様々な冒険者を見て、彼らの成長を見守り、職員同士でも情報交換を欠かさず、彼ら冒険者よりも冒険者に詳しい、そんな自負さえあった。

いつか書く著作のためにも、様々な情報を書き込んだノートまである。

そこまで、知識に貪欲だった。


なのに、ハルが話す事は、そのどの見聞にも存在しない。

似た事でさえ、である。


しかも、ラッドとラヴィアンが現れる前に、『精霊使役』やら『魔法連発』、挙句には『精霊界からの魔力直接吸収』で魔力無尽蔵とかいう能力に驚かされたばかりだというのに。

ウィーダがラヴィアンを連れ出して、ラッドが挨拶をして去ったかと思うと、ハルはステータスを見て欲しいと言ってきた。


■ハルの能力評価【ステータス】

種族:半精霊

ランク:鉄【アイアン】級

生命力:10

筋力:10

魔力:30

技能:なし

魔法:肉体強化【フィジカル・ブースト】・防壁【シールド】・石弾【ストーン・バレット】

能力:精霊使役(土精霊の保護を受ける・土精霊の能力を任意で使う)

能力:精霊化(精霊状態になる)

 ・精霊状態になる

  能力:囁き声【ウィスパーボイス】・現界干渉【タッチ】・現界物質の吸収と放出

能力:同時存在(精霊界からの魔力直接吸収)

能力:バンシー(XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX)


ハルの手首に触れて、ステータスを見た途端「はあ?」と頓狂な声が出た。

それだけでも、十分だ。もうおかしい!なのに、ハルはまたとびきり変わった経験を話し始めた。


それは、ハルがまだ肉体を得る前の幽霊だった時のことだ。

ラヴィアンがまだ、ベンゾというリーダーのパーティーにいた時のことだという。

ラヴィアン達は、第二層で罠を踏み、第三層の『魔獣部屋』に落ちて、大怪我で動けない仲間を守ってハウンド10体以上を相手にしなければならなかったそうだ。

しかもラヴィアンと、怪我をした仲間の二人きりで。


その時、ハルはたまたま別行動でまだ地上にいて、『人の死を嘆き泣く精霊』なるものと出会い、さらには竜とも出会って会話すらしたという。


アンナはハルの話の途中で、知識を整理する。

竜【ドラゴン】の話は聞いた事がある。かの種は、神々がいた時代から存在したと言われる存在だ。その話は、だから全て神話の類である。

ここで言う竜は、四肢と翼を持つ巨大な種であり、獣人によって手なずけられる翼竜や、他の数多の竜…所謂『亜竜』とは異なる。

知能が高く、人の言葉を理解して操り、その寿命は永遠と言われる『古竜』である。

数々の神話に登場する古竜の魔力は無尽蔵であり、そして今伝わる魔法とは異なる強力で複雑な魔法を用いたという。

ある神話では、天高くそびえる塔を破壊し、ある神話では古竜を捕まえようとする人間たちに無抵抗に捕まり、そしてある神話では、古竜は捕らわれて空に船を浮かべるための心臓にされたとある。

どれも、にわかには信じがたく、そもそも見た者がいない。

だから、それは神話に留まる類…つまり古き妄想だ。

そう思っていた。

この元幽霊のハルから、話を聞くまでは。


話を戻すと、古竜はただ会話しただけで、ハルにとっては『現界』と『精霊界』の存在と、『精霊』と私たちとの関係、そして『人の死を嘆き泣く精霊』…ハルの知識の中から古竜が適当だというその名前は『バンシー』というらしい…について知識を得たに過ぎない。


古竜が呼ぶバンシーは、人の死を予感して嘆き、泣く。

そしてその日、ハル以外の誰も気付かなかったが、迷宮広場で、迷宮の中で、無数のバンシーが泣いていたという。

しかも、多くのバンシーが泣く場合、多くの人が死ぬか、英雄が死ぬか、英雄になり得る者が死ぬかだという。

限りなく不穏な予感である。


ともかく、古竜と出会って会話するという信じがたい体験は、まだ前振りに過ぎなかった。

そのバンシーがラヴィアンの死を予感している、そう思ったハルは迷宮で、10匹以上のハウンドに狙われているラヴィアンを見つけ、二人で懸命に防戦した。

そして、ラヴィアンの首元に牙が届くかと思ったその時、ハルは幽霊でありながら物に触れる能力とすり抜けられる能力を合わせた使い方をしたのだという。

ハウンドの頭の中まで手をすり抜けさせ、そこで触り、ほんの少し指先を動かす。

頭はどの生物にとっても弱点だ。それを内部から破壊するのなら、抵抗できる生物はいないだろう。

こうして、ハルはラヴィアンの命の危機を救ったという。


ところが、それでは終わらなかった。

ラヴィアンを取り囲んで、ラヴィアンの死の予感に嘆いて泣いていたバンシーが、ハルがラヴィアンの死を退けたことで歓喜した。

ハルが歓喜の声だと表現したその声を上げ、無数のバンシーが幽霊…魂と言っても差し障りはないだろう、そのハルの魂に入り込んだという…。

入り込まれた時のことを表現していた時のハルの顔色からして、相当に気味が悪く、恐ろしい体験だったことは想像に難くない。


そして、先日のリットーによるラヴィアン斬り付け事件の時へと場面は変わる。

ハルの血でラヴィアンが一命を取りとめた後、私はリットーを裁くべく、リットーを押さえ込んでくれていた『ダウデンの狼』と『星猫』の面々に、拘束をやめるように言った。

しかし、アンナから見ても、皆が全ての拘束を解いた後のリットーの様子は異常だった。

誰も押さえていないのに、大の字で石床にうつ伏せになり、手足すらぴったりと床にくっつけて、頭だけをまっすぐにしている。

しかし、その口はだらしなく開き、大量の涎とうめき声とを垂らしながら、涙を流して苦悶の表情を浮かべている。

動かないのではなく、動けないのだと感じたのは、リットーが手足や首にいたるまで、必死に筋肉を動かそうとしているのが見て分かったからだ。

しかし、その身体は微動だにできない。

しばらくして、その状態は解消し、リットーは何事もなかったように動けたのだが、それをハルは、自分がやったらしいと言ったのだ。


しかも、ハルがバンシーの姿を表現する時に使った『黒い髪』で。

バンシーがハルの中に飛び込んで最後に収まったという、腹から伸びたその黒い髪で。

そして、ハルはおそらくそれが、ラヴィアンを傷つける言葉を吐き出すリットーを黙らせようと思ったことが原因だと言うのだ。


アンナは、そこまで聞いて放心してしまった。

目の前ではハルが『俺ってどうなってるんですかね?』と私にアドバイスやら知識を求めているが、そんなもの分かるわけがない。

ハルがどうなっているか教えてもらいたいのは、アンナのほうである。

毎回毎回、この子は素っ頓狂なことをアンナに告げるのだ。


幽霊です。

生き返りました。

(最弱冒険者のラヴィアンと)冒険者になります。

種族名が読めません。

また(幽霊になって)夜の金策をしたいんです。

傷が勝手に治るんです。

精霊使役で石壁を出せます。

魔法三連発です。

魔力無尽蔵です。

ステータスがちょっと変で…見てください。

竜と話をしました。

そして、バンシーと似た黒髪が腹から出てリットーを拘束しました。


あああ!もう!あああああ!もう!なんなの!もう、なんなの!

そう内心で、絶叫して心を落ち着ける。

私はギルド職員。職員は、冒険者を支援することが仕事。

そしてハルが助け【理解】を求めている。

さらに、私は未来の作家なのだ!そう心中で叫ぶと、むくむくと興奮してきた。

だから、精一杯想像を膨らませる。

荒唐無稽上等。文句があるならハルに言えばいい。私は、彼の要求に精一杯応えるだけ!

そうして、ハルに聞いた光景を一つ一つ思い描いていく。


竜はバンシーに対して哀れみの籠もった目で言ったという。

『数ある精霊の中であの者だけが、人の死を予感する。人に無関心であれば良かったのだろうが、あの者達は人を好むばかりに、その死を悲しむ。なのに、他の精霊と同じく、自らが現界に干渉する力を持たない。…いったい、どんな気持ちなんだろうね?人の死を予感しながら、死を目の前にしながら、何もできず無力であるというのは…』と。


人の死を回避できない、人の死の予感を覆せない、無力感と悲しみ。

精霊はどれほどの寿命を持つのだろう、それがもしとても長いのだとしたら、どうだろう。

いったいどれほどの人の死を見てきただろう。

寿命の死ならまだ許せるのかもしれない。でも、この世界には寿命を全うできる人は多くはない。

時に魔獣があふれ出して村ごと食いつくし、国の半分を蹂躙された歴史もある。

魔獣だけでも多くの人の命を奪うというのに、愚かにも人同士で殺し合う戦争もある。

領民を守る騎士の力の及ばない僻地では、強盗に略奪、誘拐に人殺し。

世界は、暴力による人の死で溢れている。

それを、バンシーはなす術なく見続けてきたのだとしたら。

その無力感と悲しみはどれほどのものだろう?


自分たちが、何もできずにただ嘆いて泣くことしかできずにいた死の予感を、もし目の前で覆して見せた存在がいたとしたら。

しかも、それが精霊であるバンシーにも触れられる存在であったなら。

バンシーは何を思っただろう。

「その力が欲しい!死の予感を覆す、現界に干渉する力が欲しい!」

…そう思ったのではないか。


他の魂に入り込むことにどんな意味があるかは分からない。

バンシーが何を期待してそうしたかなんて分からない。

ましてや、その後ハルが肉体を得て生き返るなんて、バンシーが予感したとも思えない。

でも、バンシーはただ力を求めて、ハルに入り込んだとしたら。

そして、ハルの魂と混じり合ったとしたらどうだろう。

ハルの魂は、バンシーの侵入で変容し、その器たる肉体も魂のありように合わせて性質を変える。

その結果が、他の人間には見えない、バンシーのような蠢く黒髪の現界干渉だとしたら。


脳内であらゆる妄想を繰り広げる。

ハルの経験、経験によって変化したステータス…種族名…。

それらが、するすると結び付いて行く。


魂の変容に伴う、肉体の変容。

種族:半精霊

本来人間であったはずのハルは、精霊バンシーが混ざったことで『半精霊』になり、魂に混ざりこんだバンシーの存在が、現界に向かうはだったハルの魂を精霊界に留め、その肉体は現界に存在し…現界と精霊界に『同時存在』するようになった。

だから、ハルは生を得ても、肉体を脱ぎ去れば自在に幽霊…いや精霊になれる。

だから、精霊という異物の混じった魂の器たるハルの肉体は強くはなく、戦闘技能の一つも身につけられない。

だから、ハルは現界に生きる生命でありながら、精霊界の魔力を直接吸収する。

そして、バンシーは自分の宿主ともいうべき、ハルの肉体の死を許さずに回復させ、ハルの感情とともに活動を始めた。

…そういう妄想に行き着いた。


その妄想をハルに伝えたら、ハルは驚きながらも納得してくれたようだった。

「結局、俺はバンシーのお陰で、回復するし、魔力無尽蔵で。土の精霊のおかげで石壁が使えて…。全部借り物の力だなんて…複雑…。俺自身は、何の力もないし…」

アンナは、目の前の男の子をはがゆく思う。

なぜそれが自分の力だと誇らないのか?

上位の冒険者ほど、生まれ持った才能や能力を使って迷宮を踏破しているのに…。

そう考えたら、ハルの能力は『もって生まれたもの』ではないと思い至る。

「ハル。あなたから聞いた、土精霊を手に入れた話も、バンシーが魂に入り込んだ話も、そこから生まれただろう能力は、全部ハルの行動で手に入れたものですよ?」

そう言って、頼りないハルの両肩をバシンとたたく。

「とにかく!どんな力でも有効活用しないと、ラヴィアンを守れませんよ!」

そう言うと、ハルは顔を上げて、しっかりと頷いた。


まったく考えられないような経験と、その行動によって、能力を手に入れてきたこの冒険者は、本当に手がかかるものだとアンナは長い息を吐いた。

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ライジング:ゴーストから始まる異世界冒険者生活 和紀空宙 @takachy

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