エピローグ 初めての共同作業?

 気がつけば王城の炎上からすでに3日が経っていた。

 俺とステラは前と同じように、フローリアが用意した例の一軒家で二人暮らしをしている。

 俺たちが王都に残っている理由は簡単だ。

 ――山より街の方が、ステラと一緒にいろんなことができるから。

 ちなみに王城はステラの見立て通りほぼ全焼で、再建の目処も立っていない。統治は暫定的に貴族による合議制となっていて、もしかするとこのまま王政が廃止になるかもしれないとかなんとか。

 唯一炎上の原因を知るアドアニスも、貴族たちの繰り広げる惨状に呆れ果てて王都を出ていった。権力争いに夢中な貴族たちは、権力を放棄した俺たちになんて当然見向きもしない。

 本当、争いを避けるための妥協案として俺を国王に祭り上げようだなんて、人を馬鹿にするのも大概にしてほしい。俺には勇者様なんぞが平和を実現するための道具になる気なんて、まったくないからな。

 ……まあそういうわけで、俺たちは今、自由を謳歌しているのである。

 

「ああ、そういえば中央広場が近いな。ちょっと見てみよう」

「うん、私もちょっと気になってた」


 2人で少し遠出して買い物をしていた俺たちは、中央広場で行われている愉快な催し物を見物しに行くことにした。

 角を折れて真っすぐ進んだ先にある広場には何本もの十字架が立てられている。その一つ一つに、人が磔にされているのだ。

 

「あ、ベルガさんにステラさん」


 先客の中にいたフローリアが、こちらに気づいて声をかけてくる。その片手には、小石をいっぱいに抱えている。

 フローリアはその小石を手に取ると、磔にされている兄、ゼルバートへと放り投げた。

 

「いい加減にしろ、フローリア!」

「あら、お兄様。あまり口答えがすぎると手が滑って全力で投げてしまいますよ」

「それは手が滑ったとは言わない!」


 ご覧の通り、ここに磔にされているのは王子と『竜卓十六鱗家』の連中である。無実の市民を拉致監禁し、死に至らしめていた咎で、王都の市民たちが一致団結して磔刑に処したらしい。

 厳密に言えばウォズライン家は無関係だが、そこはまあフローリアの謀略とか悪巧みの成果だろう。

 

「そういえば、前にステラさんに変な種を売りつけた男も捕まったのでついでに磔にしておきましたよ」

 

 そう言って少し離れたところにある十字架を指差す。たちの悪そうな男がふてくされたような顔で脱力していた。

 フローリアが無言で小石を渡してくる。俺は黙って受け取った。

 そして1つ深呼吸して集中力を高めると、小石を男へ向けて山なりに放った。

 ……急所に当たった。

 

「ナイスショットです」

「いえーい」


 おだててくるフローリアと片手でハイタッチする。

 手をおろしたフローリアは俺の背後のステラに目を向けて、わざとらしく肩をすくめた。


「おや、奥様が雌狐とのスキンシップにお怒りですよ」


 言われて振り返ってみれば、ステラが少しだけ唇を尖らせていた。

 

「い、いいわよそれくらい! ……私だって気持ちはわかるもの」


 なぜか少し申し訳なさそうな顔で、力なくそんなことをつぶやく。


「えー、そんな甘いこと言ってると奪っちゃいますよ?」

「だっ、だめ! それは絶対だめ!」


 いきなり気色ばんで叫ぶステラ。フローリアは微笑ましげに、しかし少しだけ憂いを帯びたような表情でそれを見ていた。

 

「あ、向こうに王子もいますけど」


 フローリアが気を取り直したように言って指差す。

 

「もういいよ別に。あいつには飽きた」

「まあそうですね。放置しても無害なところまでベルガさんが教育してくださったわけですし」


 これから王子やこいつらがどんな目に遭うのかは知らないが、もう今となってはどうでもいいことだ。

 

「じゃあそろそろ俺たちは行くから」

「またね」


 俺とステラが言うとフローリアは笑顔で小石を投げながら手を振った。

 

「ええ、また。ステラさんに飽きたらいつでも私のところへどうぞ。一晩中部屋の鍵は開けておきますので」


 そう言ってウインクするフローリア。

 ……何言ってんだか、こいつは。

 

「ほ、ほら、行こ!」


 これ見よがしに手を握ってくるステラと共に、俺は帰路についた。

 

 

 その夜、俺とステラはシチューの乗ったテーブルを挟んで向かい合っていた。時計は午後11時を回っていた。

 

「……じ、時間どおりね!」


 白々しくステラが言う。

 

「いや、すまん。料理がこんなに難しいとは思わなかった」


 俺は盛大に溜息をついて肩を落とした。

 玉座の間での会話の中にあったように、今日は俺もステラを手伝う形で調理に参加したのだ。それがまあ、役に立たないどころか引っかき回すばかりで、結局こんな時間までかかってしまったのである。

 戦いでも日常生活でも、器用に道具を扱うっていうのはどうにも性に合わないらしい。

 

「でも嬉しかったし楽しかったわ」

「そう言ってくれるとありがたいんだが、正直俺は疲れた」


 言って背もたれに体重を預ける。ステラは優しく微笑んでシチューの入った皿を指し示した。

 

「じゃあ栄養補給して元気にならなきゃ」


 俺は凝った肩を軽く回しながら体を起こしてうなずく。


「そうだな。いただきます」

「うん、いただきます」


 そろって言って、スプーンを口に運ぶ。

 

「……胡椒入れすぎたな」


 舌が少しピリピリする。胡椒を入れたのは他でもないこの俺である。こうして自分の舌で失敗を実感してみると、以前のステラの気持ちが少しだけわかる。

 

「ううん、おいしいわよ」

「でもちょっと辛いだろ?」


 俺の舌も相変わらずそんなに繊細な方ではないし、俺にとってはうまいのカテゴリーに入る味ではあるが、ステラにとってはまた別だろう。

 

「そんなことないわよ」


 言いながらスプーンで自分のシチューをすくったところでなぜか手を止め、ちらちらと俺の様子を窺ってくる。

 

「も、もしかしたらそっちに胡椒が偏ってるのかもしれないし……こっちの食べてみる?」


 と、スプーンを差し出してくる。

 俺もさすがにその程度の意図は汲めるようになってきた。素直にうなずいて、そのスプーンを口に迎え入れる。


「はい、あーん」

「……あ、あーん」


 意図を汲めるようになっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 俺はかすかに顔が熱を帯びているのをじかくしながらも嚥下し、したり顔でうなずいた。


「うん、こっちの方がうまいな」

「そうでしょ? 一番のスパイスは愛なんだから」


 顔を真っ赤にしてるくせに、ごまかすように満面の笑みを作りながら恥ずかしいことを言うステラがおかしくて思わず吹き出す。

 

「ちょっ、笑わないでよ」

「すまん、すまん」

 

 ステラもそんな俺を見てはにかむ。

 笑い声がこだまする夜更けの王都は、世界には俺たち2人きりしかいないのではないかと思わせるほど静かで穏やかで、温かかった。

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王都を追い出された俺は魔王ちゃんと二人暮らし始めます~悪漢風ラブコメの復讐添え~ 明野れい @akeno_ray

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