彼女は鬼になりにけり⑨

「行きはよいよい帰りもよいよい。常夜の闇を通りゃんせ。常夜の国へ行きなんせ」

「懐かしいですね。この辺りにしか浸透していない民謡ですか。若い世代には伝わっていないと思ってましたが、李由ちゃんが知っているのは意外ですね」

「淀盾が歌ってるのを聞いて覚えたんだと。淀盾はたぶん、じいさんか琴子ちゃんから教わったんだろうさ。じいさん、結構そういう言い伝えみたいなものには信心深かったからな。孫娘にはよく言い聞かせてるって言ってたし」

「鬼の世、ですか。そんなもの、本当にあるんでしょうか?」

「あると考えた方が自然だろ。鬼なんてものが自然発生するなんて考えの方がそもそも無理があると俺は思うがな」

「鬼の住む国なんてない無いに越したことはないでしょう」

「空想話にあーだこーだ言ったって意味ないだろ」

「……どうですか、淀盾さんは見つかりそうですか」

「いいや、色々と情報網を当たってはみてるが何の進展もない。百足屋が一枚噛んでるのは確かなんだが、どこまで根回ししてるのか用意周到なのか、証拠もなにも出てきやしない。琴子ちゃんは相変わらず屋敷の中に引きこもってるって言うし、正直どうしたらいいのかさっぱりだ」

「この業界で急に蒸発するには珍しいことではないですからね。『籠の外』の人間が1人消えたぐらいでは問題視もされないのが現実ですしね」

「本当、嫌な世界に身を置いたもんだ」

「行きはよいよい帰りもよいよい。常夜の闇を通りゃんせ。常夜の国へ行きなんせ……。お父さん、もうお話終わった?」

「おぉ、李由。狐とは遊び終わったのか? 歌はどうした。途中でやめたのか」

「うん、お腹すいた。お歌はもういいの。ここまでしか知らないもん。淀さんここまでしか歌ってなかったよ。ねぇ、淀さんまだ戻ってこないの?」

「あぁ、そうだな。まだ仕事が忙しいみたいだ。淀盾が直ぐに帰ってこられるよう、パパも頑張るからな」

「……お父さんはちゃんと仕事があるの?」

「万屋さん、あなた娘に無職だと思われてるんですか?」

「煩い。子供ってもんは仕事イコールスーツ姿だと思ってるんだ」

「お父さん」

「なんだ?」

「お歌には続きがあるの?」

「そうだな。急にどうした」

「淀さんが帰ってきたら歌ってあげるの。李由が最後までちゃんと教えてあげるんだ。だから、教えて」

「パパはこの歌あんまり好きじゃないんだけどな」

「いいじゃないですか、歌ってあげれば」

「でもなぁ、子供に歌うにしては暗くないか?」

「歌って!」

「はいはい、わかった。わかったよ。えーとだな――」


 行きはよいよい帰りもよいよい。

 常夜の闇を通りゃんせ。

 常夜の国へ行きなんせ。

 赤い鳥居のその奥に望むモノがあるのなら、進め進めや鬼の世を。

 行きはよいよい、帰りもよいよい。

 戻る先には道はなし。




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鬼が汚れと誰が言う まいこうー @guuji

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