彼女は鬼になりにけり⑧

 琴子。

 かならず連れて帰ってみせるから、だからどうか消えないでくれ。

 闇夜の中をひたすら進む。

 太ももの傷からは絶えず血が流れ、ズボンは当の昔に血で染まっている。

 それでも足を前に出すことは止めない。

 痛みなんて感じない。

 木々が生い茂り道らしい道もない山を、息も絶え絶えに登った。

 俺の頭の中には百足屋当主の言葉と琴子のことで一杯だった。

【鬼の世があるんですよ。人間でいう死後の世界のようなものです。消滅した鬼の魂は鬼の世へと還り、再びこの世に生まれ落ちる。生まれ変わるんですよ、平たく言うと。鬼は輪廻転生する。ですから、鬼となった琴子さんもまた再びこの世に戻る日まで鬼の世にいることになる。転生すればそれはもう琴子さんではありません。鬼狩りに、私達にもう一度狩られるのがオチでしょう。何度も何度も何度も、その輪から脱することはできない。ですが今、淀盾さんが鬼の世から琴子さんの魂を救いだすことができれば、そんな悲しい運命から彼女を救うことができる。琴子さんに会えるんですよ。森の中腹に古びた鳥居があります。そこが鬼の世と繋がっているなんて噂があるんですよ。道は何時何時繋がるかはわかりません。ですが、そうですね。強い思いが、願いは通じると私は思います。場所としてはそうですね……、鏡が反射した辺りですかね】

 その後のことはあまり覚えていない。

 気が付けば脳裏に焼きついた一瞬の光を頼りにして、一心不乱に山を登っていた。

 1時間も登ったところで薄暗がりの中に浮かぶ一層黒い影。

 近づいてみると百足屋当主が言った通りの鳥居が立っていた。

 ほとんど朱色が禿げ、木目がむき出しの鳥居は2メートル程度と一般的なものに比べると随分と小さい印象を受ける。

 地盤が緩いのか斜めになっているせいで、古めかしさが一層際立っている。

 奥には森の木々が広がるのみで本来あるべき神社や祠は見受けられず、鳥居だけがポツンとある姿には不気味な違和感があった。

 琴子。

 ザラザラとささくれの目立つ鳥居に触れる。

 四角い景色が消えた。

 鳥居の中が暗黒に染まる。

 それは光を全て吸収するような、光沢も何もない黒だった。

 驚きも恐怖もなく触れれば空気と変わらず感触こそなかったが、水面が揺れるがごとく波紋が広がった。

 不思議な気持ちだった。

 穏やかで冷静で、それでいて高揚している。

 もうすぐ琴子に会えるのだと考えるだけで、自然と口元が緩んだ。

 琴子。

 絶対に連れて帰って見せる。

 お前が守りたいと言った人たちのいる世界に。

 そしてかならずこの気持を伝えよう。

 俺が「好きだ」なんて言ったら、お前はどんな顔をするんだろうか。

 フラれたっていい。

 またあの笑顔が見れるなら。

 だからもう少し待っててくれ。

 俺が行くまで待っててくれ。

「琴子」

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