彼女は鬼になりにけり⑦

「いけません、いけません。自我を無くすようではいけません」

 何度も何度も見た光景。

 バラバラになった鬼の身体が地面に転がることなど、鬼狩りにとっては石ころが落ちているのと大差ない。

 それが琴子だった鬼の肉片であること以外は。

「心臓も大分馴染んでいましたし、過度のストレスを与えれば鬼化するとは思っていましたが自我まで持っていかれましたか。残念です。絶対に成功すると思うほど楽観視はしていませんでしたが、それを踏まえても時間を掛けた分残念ですね」

 どこから現れたのか、巨大な右腕をぶら下げた百足屋当主が考え深げに首を傾げながら立っていた。

 昼間白い布に包まれていたそれは人間のものではなく、彼女が自らの身体に移植した筋肉隆々の鬼の腕であり、それが琴子を切り刻んだことは明白だった。

「それでも得るものはありました。この肉はきちんと持って帰って次の研究の糧になっていただきましょう。――あら、まだ動けたんですか淀盾さん。命の恩人に手を上げるとはとんだ恩知らずな方ですね」

 思考よりも先に身体が動いた。

 何をしようと思ったわけではない。

 強いて言うなら明確な殺意がそこにはあったが,手負いの『籠の外』と『郭』の当主とでは実力は歴然。

 指一本もかする暇なく地面へと叩きつけられた。

 百足屋当主の右腕が上から覆いかぶさり起き上がることは到底不可能で、そもそもそれ以上の抵抗を示す気力は俺には残っていなかった。

「……いいことを、教えてあげましょうか?」

 どうでもいい。

 もう、放っておいてほしい。

「琴子さんを連れ戻せるとしたら、淀盾さんならどうしかすか?」

 もう一度琴子に会えるのなら開口一番で「好きだ」と伝えるだろう。

 猫屋敷や万屋当主が言っていたとおり、さっさと告白してしまえばよかった。

 こんなに後悔するとわかっていたなら、格好つけずに格好悪いままでもいいから言えば良かった。

「いいことを教えてあげましょう」

 百足屋当主は俺の涙を見逃さない。



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