2. 3つのプリン

 みんなが悪いんだ。

 プリンを3つしか買っていないから。


 いい加減、包丁を振り下ろす腕も痛くなってきた。

 なんて硬い骨だろう。

 妻もこの骨と同じ、意志の堅い女だった。


 こうだと決めたら他人の話なんて聞きゃしない。

 感情的で、自分の考えを押し付ける。

 非論理的な正義で僕を責めたてて……そうだ、もうずっとケンカが絶えなかった。

 彼女が僕の話を聞いてくれないから。


 それがどうだ! 今はもう話合う必要なんてない。

 全て僕の思い通りだ。

 彼女の耳に包丁を突き立て、思いっきりほじくってやった。

 これで少しは聞きやすくなっただろう。ははは!


 ふと視線を感じた。

 何かと思えば長女の顔だ。

 濁った眼で、それでも何かを訴えかけるように僕を見ている。


 そうだ。お前はいつもそんな眼で僕を睨んだな。

 それでいて、何が不満かは一切言わない。

 視線で僕を責めたてて、態度で愛想を尽かしてる。

 ああ、すごく不愉快だ。


 そんな眼で父さんを見るんじゃない!

 長女の目をくり抜いてやった。

 もう視線は感じない。

 とても良い気分だ。


 それにしても酷い匂いだな。

 べっとりとした血の匂いが、刷毛はけで塗りたくったように鼻の奥から離れない。

 身体に染みついてないといいけれど……。


 ──お父さん臭ーい!


 ……とても嫌なことを思い出してしまった。

 今のは次女の言葉だ。

 あからさまにイジワルな娘だった。


 他人が不快に感じることを平気で言うくせに、僕のことはデリカシーが無いと責めたてる。

 口は災いの元。口は災いの元だぞ娘よ!

 転がっていた次女の口に、肉片や髪の毛を詰め込んでやった。


 はあ……。いったん休憩しよう。

 人間を解体するのがこんなに大変だとは思わなかった。

 ちょうど風呂場だったので、そのままシャワーを浴びて洗面所で着替えたあと、台所に向かった。


 ケトルに水を入れてスイッチを押す。

 椅子に座って一息ついた。

 昔観た映画を真似て風呂場で解体してみたけれど、この後どうすればいいのだろう。映画では骨をドラム缶で燃やして、肉は川へ捨てていたっけ。


 でもここはあんな山奥じゃない。ただの住宅街だ。外に出たら見られる危険がある。

 娘たちが通う学校や、妻の職場へは何と連絡したらいい? 風邪だと言って、少しでも3人が消えたことを隠すべきだろうか?

 いや駄目だ! そんなことをしたら、僕が殺したと言っているようなもんじゃないか!


 ああ、めんどくさい……。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 それもこれも、みんながプリンを3つしか買っていないから……。

 今日という僕の誕生日に、僕が大好きな星甘堂せいかんどうのプリンを3つしか──自分たちで食べる分しか買ってこなかった!

 こんな嫌がらせを受けさえしなければ、僕は、僕は……。


 もちろんこれだけが理由なわけじゃない。

 これは今までの積み重ねだ。

 汚れきって破綻した、僕たち家族の、その末路だ。


 最初はこんなものじゃなかった。

 家族みんなで笑いあい、平凡だけど穏やかで、幸せな毎日を過ごしていた。


 それがいつからだろう、少しずつイビツになり始めたのは。

 3人とも僕に対して口うるさくなり、話を聞いてくれなくなって、冷たい眼を向けるようになった。


 仕事からクタクタになって帰ってきた僕に対して、奴らはさらなるストレスを与え続けた。


 そして極めつけがあのプリン。

 僕の分だけが抜かれた、3つのプリン。

 あれは僕への宣戦布告だ。

 あんたなんかもう家族じゃない。ただ金を納めるだけの道具だ。

 そう言っているのだ。


 深夜3時、仕事から帰ってきて、冷蔵庫の中にあるプリンを見つけた。透明なプラスチック容器に、金色の星がいくつか散りばめられた特徴的なデザイン。

 星甘堂のプリンだ!

 僕の誕生日に!?

 一瞬、そう喜んだが、このプリンが3つしかないと気づいた時、僕の頭はカァッと熱くなった。


 このプリンを買う時は、必ず家族全員分なのだ。みんな好きだから。それじゃあいったい誰の分がない?

 僕だ。僕を苦しめるために、わざと3つだけ買ったんだ。


 そして冷蔵庫の中にある物を全て掻き出し、4つ目が無いことを完全に確認すると、僕の脳はサァッと冷めていった。

 それまでされてきた仕打ちが泥のように頭の中へ流れこんできて、これから何年、何十年、死ぬまでこんな嫌がらせを受け続けるのだと、僕にそう悟らせた。


 そしてみんなは肉塊になった。

 寝ている間に実行したので苦しみはなかったと思う。せめてもの情けだ。


 ふと、腕に何かが付いていることに気づいた。つまんで取ってみる。

 薄いピンク色で、プヨプヨとした触感だ。

 おそらく誰かの肉片だろう。

 やれやれ、さっきのシャワーでは流しきれなかったらしい。


 立ち上がりゴミ箱を開けた。

 積み重なったゴミの一番上に、星が落ちていた。

 いや、透明な小さいプラスチック容器だ。その表面に、金色の星がプリントされている。

 中にあったであろうものは、綺麗に食べつくされていた。


 じっとそれを見つめた。

 よくわからない。

 見つめた。

 見つめた。

 見つめた。

 景色は変わらなかった。


 今までの思い出が、流星りゅうせいのように頭の中へ流れこんできた。

 妻は喜怒哀楽が激しくて、そこがキラキラ星のように魅力的で、僕は彼女を好きになったのだ。

 長女はあまり自分の意見を言わないがよく気がつく性格で、体調がよくない日は食べやすくて体にいい晩ご飯を作ってくれた。

 次女は口達者で酷いことを言うときもあるけれど、楽しい話でリビングを賑やかにしてくれた。


 家族みんなで笑いあい、平凡だけど穏やかで、幸せな毎日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読後ゲロ味掌編 彩藤 なゝは @blackba7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ