第2話 ミントなアイドル

 真穂加の住んでる街には大きなショッピングモールがある。休日は親子連れや若者たちで賑わいを見せ、中央の広場では月に何度かイベントが行われている。

 この日のイベントは、かけ出しのアイドルグループによるミニライブ。開始30分前にもかかわらず、ステージ前には整理券を手にしたファンたちが既に集まっていた。


 真穂加と美希は買い物を済ませ、アイスクリームを片手に、木陰のベンチで一休みしていた。濃厚なバニラと果肉入りストロベリーの組み合わせを選んだ美希は、コーンの上に重なるアイスクリームを幸せそうに見つめている。


「ダブルが半額で食べられるなんて幸せ」


 ゆっくりと慎重に、プラスティックのスプーンでアイスをすくい上げる。それを口に運ぶたび、冷んやりと口いっぱいに甘さが広がっていく。


「たまたま半額キャンペーンがやってるなんて、私たち今日はついてるね」


 真穂加はチョコミントのダブルを食べている。半額料金で好きなフレーバーを二つ選べるにもかかわらず、チョコミントのダブルを注文したのだ。


「チョコミントだけで飽きたりしない? よかったら私のストロベリー、少し食べてもいいよ」


「ううん。いらない」


 即答だった。


「あれ? ストロベリーは好きじゃないんだっけ?」


「好きだよ。でも今、チョコミント食べてるから」


 チョコミントの味がストロベリーに侵食されるのが嫌なのだ。もし仮に、トリプルで好きなフレーバーを選べるとしても、真穂加なら三つともチョコミントを選択するだろう。


「そっか。じゃ、しょうがないね」


「美希がチョコミント食べてみたいなら……少しだけあげようか? 私はストロベリーいらないけど、美希が食べたいなら、一口あげるよ?」


「ありがとう。でも大丈夫。いらないよ」


 美希は分かっていた。真穂加から大好きなチョコミントを奪うことが、いかに残酷であるかを。それに昔、ついうっかり「歯磨き粉みたい」と率直な感想を言ってしまったことがあるのだが、その時は長々と説教を受けたのだ。

 美希は過去の苦い記憶を振り払うべく、ステージ近くで配られていたイベントチラシを鞄から取り出し、アイドルたちについて話し始めた。


「どの子もみんな可愛いよね。年齢的には私たちと変わらないんだろうけど。こんな衣装、とてもじゃないけど着れないよ。はぁ……。アイドルかぁ。私には一生縁が無いんだろうなぁ」


「そうかな? 美希ならいけると思うけど。顔は綺麗だし、スタイルだって良いし、歌だって上手いじゃん」


 人から褒められることに慣れていない美希は、一瞬で顔を真っ赤にした。


「わ、私なんて、ただの地味なメガネだよ。人前に出るのだって苦手だし。歌は好きだけど、あんな大勢の前で歌う勇気も無い。てかさ、真穂加はどうなのよ。真穂加の方こそ可愛いじゃん」


「アイドルとか全然興味無い」


「そっか……。真穂加はそうだよね」


「むしろチョコミントになりたい」


 真穂加はチョコミントをパクッと口に入れ、ミントの爽やかさとチョコのパリパリ感を楽しんでいた。


「聞いた私がバカだったわ。そもそも、真穂加がチョコミント以外に興味を持つわけ……」


 美希は口籠った。真穂加が中村のことを気にする素振りは、あれから一度も見せてはいない。しかし、美希はずっと、あの日のことが引っかかっているのだ。


「あ!」


 真穂加は突然大きな声を出した。


「何? どうしたの?」


「ごめん。ちょっとだけ、チョコフレやってもいい? ギルドが負けそうだから手伝って欲しいみたいなの」


「それは別にいいけどさ……。真穂加って、ギルドに参加してたの?」


「うん。美希に色々教えてもらってから、自分でも遊び方を調べたんだ。そしたらギルドって言うのを見つけたの。何人かのプレイヤーで強力して、強い敵を倒したりするんだよ」


「そうなんだ……。ギルド、参加してたとはね……」


 チョコフレにログインする真穂加。豪華なアイテムで装飾されていたアバターは、いつの間にか質素でシンプルな衣装に変わっていた。


「あれ? 随分スッキリしちゃったね」


「うん。アバターのアイテムは全部売ったよ。そのお金で、フレバーたちの武装を強化したの。私のフレバー、回復メインの機体が多いんだ。だから、合体時には弓を使えるようにしたよ。こう見えて、ギルドではかなり重宝されてるの」


「確かに、回復をメインにしてる人はあんまり見ないよね……」


 ギルドにはランクが用意されている。最下層のEから、上級プレイヤーの集まるSまであるが、真穂加のギルドランクはBだった。この上にはAとSがあるが、そこへ辿り着くには相当な技術力が必要となる。


「あれ? ちょっと待って」


 美希は画面を覗き込み、真穂加が所属しているギルドに一つの疑問を感じた。


「ギルドメンバーのレベル、真穂加と比べて全体的に低くない?」


「そうかな? 気にしたことなかったけど」


「これさ、真穂加だけを見ればAにも行けるよ? もっと実力に見合ったギルドへ移るべきだよ」


「私はこのギルドで満足だよ。みんな良い人ばかりだし。すっごく楽しい」


「そんなの、ただ良いように使われてるだけだよ」


「私、別にランク上位は目指してないよ? 私はね、チョコフレを作ってくれた人たちの、チョコミントへの熱い想いを知りたいだけなの」


 昔から真穂加は、勝ち負けにこだわらず、何事においても、ただ楽しむだけだった。勝敗こそ全てとまでは言わないが、結果を出さなければ周りを納得させられないことを、美希は身をもって知っている。故に、いつも上を目指してきた。それが例えゲームだとしても、現状に満足している真穂加に、美希はどうしても納得できなかった。


「ごめん真穂加。私、ずっと真穂加に嘘ついてた。今ここで、本当の私を見せてあげる」


 ギルドバトルを終えたばかりの画面に“挑戦者有り”の文字が流れ、不穏なアラームが鳴り響いた。


「うわ! 何だこれ?」


「これはまだ表に出てない裏のシステム。でも、一部のコアなユーザーの間では日常的に行われているガチバトルなのよ」


 既にアイスクリームを食べ終えていた美希は、自分のスマホを操作しながら不敵に笑う。


「このアラームは美希の仕業なの?」


「そう。実は私、チョコフレ辞めてないんだ。こっそりプレイ再開してたんだよ。だからお願い。私と勝負して。ギルドランクAに所属する私の強さを、甘ったれの真穂加に見せてあげる!」


「うおぉぉ! マジかー!」


 真穂加はコーンを一気に飲み込み、ギラギラした目を美希に向けた。


「三日で飽きたとか言ってたくせに、私に隠れてチョコフレやってたとは! ふふっ。ならば叩き潰そう!」


「言ってくれるじゃない。だけど私、かなり強いよ?」


 美希の挑戦を受け入れたことで、特殊なバトル画面へと移行した。両陣営のフレバーは対峙し、プレイヤーの分身たるアバター少女が、光の中から現れた。


「バトル方法は基本的に変わらないわ。相手が魔物ではなく同じフレバーってこと以外はね」


「フレバー同士の戦いか……。そして、これが美希のフレバー。私の知らない武器をたくさん付けてるけど、打撃系とは違う」


 美希のフレバーは攻撃魔法に特化した機体が多い。強力な武装はもちろんのこと、各機がカスタマイズされ、基本的な能力値も高くなっていた。


「なかなか良いところに気付くわね。これは、ギルドランクA以上じゃなきゃ貰えない武器なのよ」


「ずっと思ってたんだけど、美希って実はゲーマーでしょ」


「ずっと黙ってたけど、実は私、ゲーマーなのよ。私はこれまで、たくさんのゲームを見てきたわ。ハッキリ言うわね。チョコフレはクソゲーとまではいかなくても、まだまだ発展途上のゲーム。言い方を変えれば、システム的に穴だらけ……」


「あっそう。その言葉、そっくりそのまま返すよ」


「……返される意味が全く分からないけど、まぁ良いわ。さぁ、ゲームを始めるわよ。実力の違いを見せてあげる!」


 バトルの開始と同時に、二人はフレバーを合体させた。合体したフレバーに、アバター少女が乗り込む。そして、巨大な魔法陣を描き出した。美希は攻撃魔法を繰り出すために。真穂加はそれを防御すべく。


「火炎タイプの攻撃魔法、トロケールよ!」


「反射魔法、ミントミラー!」


 美希のフレバーが放つ攻撃魔法は、真穂加の反射魔法によって、二倍の威力となって跳ね返った。


「そんなバカな! こんなの有り得ない」


 満タンだった体力ゲージがどんどん減っていく。


「美希、私決めた。この勝負に勝ったら、バドミントン部を辞めてミント部を作るよ」


「は? 何それ意味分かんない! て言うか、そういうのは普通、バトル開始前に言うもんでしょ!」


 体力ゲージがゼロになり、真穂加の勝利が確定した。


 フレバー全体のレベルでは、美希の方が上だった。しかし、実力の過信がそのまま敗因に繋がったのである。


「出だしから反射の魔法を使うなんて……。私が最強魔法を使うの、読んでた訳じゃないよね?」


「それはないよ。あんな一瞬で読めるはずないじゃん。私はエスパーじゃないんだから」


「じゃ、どうして……」


「私のフレバー、回復魔法は豊富に覚えてるんだけど、防御魔法はこれしか使えないんだよ」


「悔しいわ。実力の差を見せつけるつもりが、自分の魔法で負けちゃうなんて。そんなことより、バドミントン部を辞めるってどう言うこと?」


「そのままの意味だけど。そもそも、私がバドミントンをやり始めたのは、名前に“ミント”が含まれてたから。でもね、分かったんだ。バドミントンはミントじゃないって」


「そりゃそうでしょ。そこはやる前に気付こうよ」


 きっかけはいつもチョコミント。それが真穂加の口癖であることは美希も知っている。だが、名前にミントが入っているという理由でバドミントンを始めたことは初耳だった。


「呆れを通り越して、むしろ心配になるレベルだわ。真穂加のチョコミント好きにはついていけないよ」


「あはは。美希は真面目だなー。半分は冗談だって。でもね……」


 真穂加は目をキラキラさせて空を見上げた。そして、ミント部の設立に対する想いを話し始めた。


「私、本気なんだ。ミント部を作って、チョコミントの研究をしたいの。部費でチョコミントを食べたり、合宿と称して、チョコミント巡りもしたい」


「……それって、妄想の域を出ない話だよね。本気だとしたら、あまりにも現実味が無さ過ぎるよ」


 美希はスマホを鞄にしまって、深い溜め息をついた。


「私はバドミントンを続けるよ? ねぇ、真穂加は本当にそれで良いの? 二人でいっぱい頑張ってきたじゃない。私、離れ離れになるのは嫌だな……。ずっと一緒にバドミントンしていたい。その方がきっと楽しいよ。お願い、考え直して」


「ごめんね。もう決めたことだから」


 本音を晒しても決して曲げようとしない真穂加の態度に、美希は苛立ち始めていた。


「真穂加って薄情だよね。私やバドミントン部の仲間より、チョコミントを取るんだ?」


「うん。そうなるね」


 美希はギリっと歯を噛みしめる。苛立ちは怒りへ変わり、もはや気持ちを抑えられなくなっていた。


「だったら友達辞めようよ。真穂加と遊ぶためにチョコフレも再開したけど、こんな結果になるなら、やるんじゃなかった。金輪際、私に話しかけないで。じゃあ、さようなら!」


 立ち去ろうとする美希の手を、真穂加は力強く握る。


「待って。どこいくの?」


「離してよ。私の話、聞いてなかったの? もう友達じゃないんだから、気安く触らないで!」


「友達は辞めないよ。私がミント部に移っても、美希はずっと友達だから」


「はぁ? 勝手なこと言わないで!」


「チョコフレを再開してくれたこと、絶対に後悔させたりしない。今回はたまたま私が楽勝だったけど、また戦おう。だから、友達を辞めるなんて悲しいこと、もう二度と言わないって約束して」


「……まるで私に問題あるかのような言い方ね。それに今、楽勝って言ったか。本気でムカつくわ。殴っても良いかしら?」


「えい! 真穂加の先制攻撃だぞ!」


 真穂加はドヤ顔で美希のおでこを小突いた。


「これでチャラにしよう。喧嘩するほど仲が良いんだよ、私たちは。これからも、ずーっと友達だよ!」


「そのドヤ顔に腹が立つわ……。でも、真穂加がそこまで言うなら、友達を辞めるって発言は撤回してあげるわよ」


 内心、美希はほっとしていた。実は後悔していたのだ。これまでも怒りが先行し、多くの友人を失ってきた。酷い言葉で相手を罵倒し、気付いたときにはいつも一人。だが、真穂加にだけはが通用しなかった。それは今も昔も変わらない。


「真穂加はいつも回りくどいんだよ」


「ん、何が?」


「もう長い付き合いなんだから、もっと本音をぶつけてよ。私はもう、あの頃ほど弱くないんだから……」


「私は美希のこと、一度も弱いだなんて思ったことないよ?」


「……バカ」



 中央広場のステージが騒めき始めていた。ステージ上に現れたアイドルの一人が、集まったファンたちに向かって何か話している。


「ミニライブ、もう始まるのかな?」


「まだ少し早くない?」


「注意事項とかの説明してるのかもね。私たちも行ってみる?」


 美希はもう一度チラシに目を落とした。そして、彼女たちが歌う楽曲を見て、思わず声を上げる。


「ミント・フレーバーって曲、私知ってる! これってチョコフレの主題歌だ!」


「チョコフレに歌なんかあったっけ?」


「その様子だと、さすがに公式サイトまではチェックしてないようね。今年の夏、チョコフレがアニメ化するのよ」


「アニメ化? 凄いじゃん!」


「そうなのよ。さっき私、ゲームのシステムが穴だらけって言ったでしょ。あれもアニメ化に合わせて修正されるの。近々、大規模なアップデートが行われるはずよ」


「夏が待ち遠しいね! 何だか、チョコミントグッズがたくさん発売される予感もしてきたよ!」


「さぁ行くわよ。整理券が無いから前列は無理だけど、ステージに近づかなきゃ」


「ラジャー!」


 木漏れ日が揺れる中、二人は走り出す。爽やかな風がページをめくり、物語は次のステージへと進むのだった。

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チョコミント・フレバー ソングス 風都 紘 @dragonspark

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