チョコミント・フレバー ソングス

風都 紘

第1話 チョコとミントな関係

 敵襲。容赦なく放たれる閃光は、味方の機体を貫き大地の形さえ変えていった。空には黒煙が広がり、太陽は遮られ、陣形を直す間も無く破壊されていく。戦争とは呼べない一方的な虐殺行為。ただの一撃も与えることなく、回復に特化した最後の一機が、二度と立つことのない仲間に治癒魔法をかけ続ける。


 ミントグリーンの機体。特異なパーツ構成のそれは、チョコチップのかけらと呼ばれる魔法石を原動力とした魔導兵器だ。

 通称、フレバー。多大な潜在能力を秘めたロボットだが、扱う者が未熟なら、力を発揮することは出来ない。


 そして、最後の一機が悪夢のような閃光に消えたとき、世界は暗闇と化した……。



 ――――ゲーム・オーバー。



 彼女は何度その字を目にしただろう。学習能力が無いとはこのことだ。



「負けた〜。敵、強すぎる……」


 アプリを閉じ、落胆しているのは、都内に住む女子高校生の木戸真穂加(きどまほか)だ。彼女がハマっているアプリ『チョコミント・フレバー ソングス』は、チョコミント好きな女子たちの間で密かに話題になっているゲームである。自他共に認めるチョコミント好きな真穂加も、当然、このゲームにハマっていた。


「真穂加、まだそのゲームやってたの? そもそも、あんまりゲームとかやる子じゃないのにさ。タイトルにチョコミントって付いてるだけで続けてるでしょ」


「そうだよ。きっかけはいつもチョコミントなんだ。私は大好きなチョコミントで、いつか世界がびっくりするようなことを成し遂げたいのよ」


「世界を混沌に陥れたいのね。そんなことより、もうすぐバスが来るから、そろそろゲーム終わらせなよ」


 真穂加と同じ高校に通う七瀬美希(ななせみき)は、ゲームに夢中になっている友人に呆れ顔だった。


 二人は中学の頃からの付き合いだ。男兄弟の中で育った真穂加は活発で自由奔放。対する美希は、規律を重んじ周りに気をかけ、誰からも頼りにされていた。性格の異なる二人だが、中学の時のある一件から関係は深まり、今に至る。


「髪の毛、また自分で切った?」


「うん。切った。相変わらず器用だと思わない?」


「思わない。その自信、どこから来るのよ。昼休み、部室に来て。後ろだけ揃えてあげるから」


 毛先が肩にかかるより前に、真穂加は自分で髪を切ってしまう。美希はそれを勿体無いと思っていた。何故なら、真穂加が髪を伸ばしていた頃を知っているからだ。ブラウンがかった真穂加の長い髪は、太陽の下でさらに輝いていた。どこまでも汚れなく純粋で、透き通った存在。その想いは今でも変わらない。


 美希は眼鏡越しに見える真穂加の横顔に見惚れていた。思わず、頬に手が触れそうになったが、その手を自然に制服の襟元へ移した。


「リボン、曲がってるよ」


「ありがとう」


 真穂加はリボンを直してもらいながら、美希の胸元に目をやった。今年の夏はどんな水着を着るのだろうと思いながらも、自分は去年と同じで良いかと考えたりしていた。


「美希の制服ってさ、いつもピシッとしてるよね。まさに全校生徒の鏡だけど、スカートだけは膝上まで上げてる。さては、色気付いた?」


「多少は良いのよ。でも、真穂加のスカートは短すぎ。それ、普通に見えてるからね」


「嘘つき」


 真穂加たちの通う高校では、決められた制服は無い。自由度が高い分、ファッションセンスが問われる。女子高生らしさを出しつつ、個人の主張も怠らない。

 美希は朱色スカートに白いブラウス。真穂加はミントグリーンのスカートでチョコミント好きをアピールしていた。二人に共通しているアイテムと言えば、首元の赤いリボンと紺色のサブバック、そして革靴と言ったところか。


「真穂加って、ほんとにチョコミントが好きだよね。スマホのケースもミントグリーンだし。徹底してる」


「だからだよ。チョコミント好きを語るなら『チョコフレ』は絶対やらなきゃいけないと思うんだ。だってこれ、チョコミントなんだよ」


 チョコフレは『チョコミント・フレバー ソングス』の略称。このゲームの凄いところは課金制度が無いことだ。課金の代わりに、チョコミント関連菓子やアイスのパッケージ裏に刻印されているコードを入力することで、特殊なアイテムが貰えたり、武器を買うためのチップを会得することができる。チョコミント好きな者たちにしてみれば、美味しく食べてゲームも遊べる、まさに一石二鳥なゲームなのである。


「買って食べての繰り返しで、私はどこまでも強くなるんだよ」


「この子、完全に踊らされてるわ……。それって企業の思うツボだよ。私はそのゲーム、三日で飽きちゃった。でさ、真穂加はどこまで進んだの?」


「まだ序盤の中ボス。全然勝てないんだよ。単に私のレベルが低いのか、ゲームのバランスが悪いのか……。もしかして、アバターの装飾にチップを使いすぎたのが良くなかったかな? 私のフレバーたち、武装が貧弱なんだよ」


 推奨FB、30000ポイントの敵に対し、たかだか15800ポイントで挑むのは無謀である。

 FBとは、フレバーバトルの略で、所持しているフレバーの総ポイントを示している。真穂加のフレバーはゲーム開始時の装備のままで、各機のステータスは低くく、そのくせプレイヤーの分身たるアバターの装飾だけは一人前だったりする。


「なるほど。確かにアバターだけ凄いことになってる……」


「でしょー。ねぇ、美希。今日、部活出なきゃダメ? 早く帰って、チョコフレやりたいんだけど」


「ダメに決まってるでしょ。ズル休みしたら部長にチクるから」


 真穂加と美希はバドミントン部に所属している。もうじき可愛い後輩たちが入部するとあって、美希はこれまで以上にやる気を見せていた。


「チョコミントのアイスおごってくれたら部活に出てもいいよ」


「何でそうなるのよ。バカなこと言ってんじゃないの。バス、来たから乗るよ。ちゃんとラケット持って」


 駅から学校までは送迎バスが出ている。真穂加たちが乗車するより先に、バスは別の駅で生徒たちを乗せているので、席に座るのは絶望的だ。だが、この日は運が良かった。一番後ろの五人席にだけ、空席があったのだ。


 真穂加は窓側に座っている男子生徒に軽く会釈し、少し詰めてもらって席についた。美希もまた、五人席の真ん中に座る。いささか窮屈だが、立っているより遥かにマシだ。


 バスが動き出すと、真穂加はさっそくスマホを取り出し、ゲームの続きを始めた。


「次こそ必ず倒す」


「どうだかね。少しはレベルアップさせてみたら良いのに。あとさ、小さいロボットのままだと弱いでしょ。合体させなきゃ強い敵には勝てないよ?」


「え? このロボットたち合体するの? て言うか、何でそんなに詳しいのよ。途中で投げ出したくせに、おかしいじゃん」


「だって私、真穂加より進んでたし。当然、その中ボスも倒したわけ。真穂加こそ、今の今まで合体することも知らずに遊んでたの? 呆れたわ……」


 チョコフレはフレバーという小さなロボットを集めながら進めていくゲームなのだが、そのロボットがそれぞれ身体の一部に変形し、合体して巨大ロボになるのだ。真穂加はそんな基本的なことも知らずにゲームを続けていた。


「うう……知らなかった」


「アバターの説明、全部飛ばしてたんでしょ。ちゃんと読まなきゃダメだよ。今からでも遅くないから合体させてみ。戦闘、かなり楽になるから」


 美希のアドバイスのおかげで、真穂加は中ボスを倒すことができた。バスが学校に到着する頃には、フレバーたちのレベルもそこそこ上がっていた。


「この調子だと、今日中にボスまでいけちゃう感じだね。明日からは新しいステージに突入できそうだよ」


「部活、ズル休みはダメだからね」


「美希はそればっか。私、ちゃんと部活には出るもん」


 意気込んでいた真穂加だが、バスを降り、門を抜けたところで、ラケットを持っていないことに気付いた。椅子の背もたれの、後ろのスペースにラケットを置いたまま忘れてきたのだ。


「最悪だ……。ラケット忘れた」


 バス停まで戻ろうとしたとき、真穂加の目の前に男子生徒が現れた。手には真穂加のラケットを持っている。


「これ、忘れ物。何度か声かけたんだけど、気付かなかったみたいだから」


「ありがとう……」


 バドミントン部の活発な男子たちとは対照的に、とても落ち着いた話し方だった。


「それじゃ」


「うん。ありがとう」


 ラケットを受け取った真穂加は、彼が道の角を曲がるまで、その姿を目で追っていた。


「どうかした?」


 美希が不思議そうに横から覗きこむ。


「なんか、不思議な感じの人だった」


「そう? 普通だったけどなぁ……」


 真穂加がチョコミント以外で興味を示すのは珍しい。


「真穂加?」


「うん。行こう」


 小春日和の優しい風が、真穂加の髪をすり抜ける。


「確か、中村……だったかな? 同じクラスだよ。喋ったことはないけど」


 美希は真穂加の様子を慎重に伺いながら、男子生徒の名を告げた。


「中村くんか……。何だろう。初めて会った気がしないんだよね」


 遠くを見つめる真穂加に、美希は不安を感じていた。これまでもバドミントン部の男子たちが真穂加に好意を持ち、言い寄ってきたことは何度もあった。しかし、真穂加は彼らの気持ちに気付くことなく、男子たちはいつも空振り。美希はそんな状況に安心しきっていた。真穂加が自ら異性に興味を持つなど、美希の知る限り、初めてのことだった。


「あのさ。チョコミントアイス、おごってあげようか」


 真穂加の表情がパッと切り替わる。


「いいの? やった! もしかして、中ボスを倒した記念?」


「ま、そんなとこだよ。でも、おごるのはチョコミントが売店に置いてあったらの話。置いてなかったら、真穂加が私に苺のアイスをおごるの」


「え〜! そんなのズルイよ!」


 チョコミントで簡単に釣れてしまう真穂加。美希の心には罪悪感が残った。大切な友人を異性に取られたくないという気持ちからなのか、それとも、全く別の感情によるものなのか。その答えは美希自身にも分からない。


 チョコチップを一つ取り除いたところで、チョコミントの本質は何も変わらない。真穂加の気を逸らすことに成功しても、それは一時的なもの。


 始まりの結末は、着々と近づいていた。


 真穂加が巨大ロボットに乗る日は、すぐそこまで――――

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