三人の浪士

「しかし、あいつら一体どこに消えてしまったのだ」


「しっ、大きな声を出すな。他の客に聞こえる」


二人は脱藩浪士である。どこの藩を脱走して京に上って来たのかは、今は関係ないので言わない。


彼らは昨日、所司代の役人を斬った。高倉通りの小間物屋の店先で、娘に与える花簪を物色中の男の背中をいきなり袈裟懸けに斬り込んで、倒れたところを六人でめった刺しにした。


白昼堂々の凶事である。すぐに追手がやって来て、二手に別れて逃げた。こちらが二人、あちらが四人である。


無論こういう事は思案に入れてあって、今日この小料理屋で落ち合う事に決めていた。


ところが、一人も来ない。


一体どこに消えてしまったのだ、と不安に思っていたらようやく一人やって来た。不似合いな頭巾を被っている。


「おい、どうしたのだ」


一人の男が声を殺して言った。入って来た男は頭巾を取ろうともせずに


「やられた」


と悔しそうに呟いた。


「やられた?みんなか」


「みんなだ」


「待て、菅谷は直心影流の皆伝だぞ」


「菅谷は」


刀を抜く間もなくやられてしまったと言う。


「では清水は。孫四郎の抜き打ちに敵う者などいるものか」


「清水孫四郎は」


間合いを外されて頭蓋を割られたと言う。


「では、須藤はどうした」


「須藤は」


わからないと言う。


「わからんだと。わからんと言う事があるか」


「いや、わからんのだ。気がついたら地べたに斃れておった」


「そんな」


そんな事があるか、と言いかけてはたと気づいた。


「待て。お主、どうして頭巾を取らん。貴様本当に熊井なのか」


待っていた方のもう一人の男が、鯉口を切りながら立ち上がった。他に客が二人ばかりいたが、恐ろしいのか関り合いになりたくないのか、見て見ぬふりをしている。


「待て待て。今頭巾を取るから」


と言うと、入って来た方の男は不器用な手つきで頭巾を取り始めた。たしかに同志の熊井直左衛門である。が、月代の真ん中に紫色の筋が一本ある。


「おい、お主なんだそれは」


「やられたのだ。ただ、どうやら俺だけ刀背(みね)打ちだったらしい」


「なんでお主だけ刀背打ちだったのだ」


「そんなもん知るか。とにかく俺はこの一撃で気を失ってしまったのだ」


「手許が狂ったのか」


「いや、そんな奴ではない。きっとわざとやったに違いない」


それっきり三人とも腕を抱えて黙り込んでしまったが、やがて待っていた方の一人が何かに気づいて立ち上がった。


「待て。熊井、貴様我らを裏切ったな」


「何を言う」


熊井直左衛門も、そしてもう一人の男も立ち上がった。


「お主が気を失っておったなら、何故番所に引っ立てて行かぬ。何故とどめを刺さぬ。お主、命惜しさにその刺客をここに案内したな」


「馬鹿な事を言うな」


「待て。見てくる」


と言って、もう一人の男が表へ出た。しばらく店の周りの様子を見て帰ってきた。


「大丈夫だ。怪しそうな男はおらん」


「そら見た事か」


と熊井は安堵してドッカと腰をおろした。


「お主らも落ち着け。座ったらどうだ」


「ああ、そうだな。相すまなかった」


取りあえず酒でも酌み交わして落ち着こうじゃないか、と言う事になって女中に御銚子を三本持って来させた。あまり長居は出来んぞと言いながら、三人は飲んだ。


「さっきは疑ってすまなかったな」


待っていた男が謝った。熊井は苦笑いしていた。そうして、もう一人の男が熊井を代弁して言った。


「ああ、お主は疑い深すぎていかぬ。大体考えてもみよ」


「うん」


「そいつが熊井を殺さなかったからと言って、何も熊井が裏切った事にはなるまい。いや、そいつにすれば熊井に裏切りを強要せずとも、ただ熊井の後をつけてくれば済むだけの話ではないか」


「たしかに、それもそうだな」


と、待っていた男はうなずいた。


そして三人はハッと気づいて、みるみる青い顔になってしまった。


「ようやく答えが出ましたね」


熊井が振り返ると、いつの間にか男が立っていた。


「こ、こいつだ」


熊井の絶叫とともに、三人は飛び上がって刀に手をかけた。


「新選組沖田総司。参ります!」

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浅葱色の時 ~新選組短編集 御陵又七郎 @matasichi

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