第6話 僕が持つ音楽
突然だけれど、僕が持つiPodは第五世代のnanoだ。
今は家を出ている姉さんがくれたおさがりを使い続けている。僕はパソコンを持っていないから曲を追加することも出来ず、あの時代のままこのiPodは僕の手の中にあった。
姉さんが学生時代に入れた曲はアジアンカンフージェネレーションやRADWINPS、バンプオブチキンから始まって、バックストリートボーイズやその時はやっていたアニメのアルバムなど雑多にほうりこまれている。
そのせいで僕の音楽はその時代のまま止まったままで最新の音楽を聴くことはない。それは別に悪いことだと思わなかったし、姉が駆け抜けた青春の時代の曲はどれも今の僕から離れたもののようには感じなかった。
そんな姉がである。
珍しく実家に戻ってきたようで、リビングのドアを開けるとまるでずっとここに住んでいたかのように、ソファーにふんぞり返り僕が買ったパピコを食べながら、涼しい部屋で居心地良さそうにテレビを見ていた。
「どうしたん」
「どうしたもこうしたもない。家のクーラーが壊れたんだよ」
姉は広島の言葉を昔から話さない。
「それ俺のパピコ」
「知ってる。気分がパピコだったの。君にはハーゲンをあげよう」
「そっちたべんさいや」
「気分がパピコだといった。等価交換どころの騒ぎじゃないでしょ?喜べ喜べ」
へいへい。と僕は冷凍庫の中を確認したら、ハーゲンダッツがいくつか無造作に転がっていた。姉のすることはよくわからない。これは昔からだ。
「で?なんかいいことあった?」
「なんでじゃ」
「あんた、いつもなら私があんたのパピコ食べてたらすぐにキャンキャン吠えるでしょ」
姉の物言いには多少腹が立ったが、確かにその通りだ。いつもの僕ならすぐに掴みかかる勢いで文句を言っては速攻言い負ける。それが姉と僕の関係性だ。
「いや、東京から来た同い年の子にさっき会って…引っ越してきたんじゃと」
「ふうん」
姉は僕の方をちらりと見てから、すぐに興味を失ったようにテレビに視線を戻す。テレビは連日の猛暑を取り上げていて、それを聞くだけでじんわり熱くなる。
「もし、あんたがその子と仲良くなりたいなら」
「ん?」
姉は少し言いよどんだあと、こちらを見ずにぼそっと呟くように言った。
「広島弁は止めた方がいいよ。怖がられる」
「そっか」
僕はそう返すことしかできなかった。
たしかに、広島弁は東京の人にとってはやくざが話しているように聞こえるかもしれない。そういえば、彼が少し戸惑ったような表情を浮かべていたのをふと思い出した。怖がらせてしまったのだろうか。まさか、自分の話す言葉が…?
そういえば東京の言葉は冷たいって、誰かが言っていた気がした。
それと同じように、東京の人から聞いたら広島の言葉は酷く乱暴に聞こえたかもしれない。
小さい島国なのに。
僕は少し落ち込んで姉の隣に腰を下ろす。
「東京の言葉ってどうしゃべるの」
「あの人のまねでもすれば?」
テレビには最近人気のアナウンサーが最近生まれたパンダの子供について胡散臭い笑みを浮かべながらコメントしているところだった。
僕は小さくため息をつく。
君が見た海 嘉乃ヨシ @kano1107
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