第5話 君が住む家

いくつかの曲がり角を曲がれば目的地に到着した。


青々と木が茂る廣田神社のすぐ傍にこれから彼の住む家はある。

築50年くらいの立派な家だった。僕も何度かこのあたりを通ったことがあったから、その家には見覚えがあった。

立派な石垣に囲まれ、庭に生えている桜の木が道路に向かって枝葉を伸ばしている。春になれば満開の桜が咲いて、道行く人々の上に花びらを降らせる。


「立派な家じゃ」


「そうだね。うん、俺もそう思うよ」


彼は額の汗をぬぐって、これから住むことになる家を見上げていた。


「えっと、じゃあ、これで」


僕は去り際の言葉がうまく見つからず、曖昧に笑って、右手を軽く上げた。

踵を返そうとした瞬間、彼が僕を慌てた様に呼び止めた。


「まって、待ってくれ。お礼ぐらいちゃんと言わせて。それから、LINEを交換しない?今のところ俺には君しかいないんだ」


「え、ああ、もちろん」



最後の冗談めかしたような言葉を僕は真に受けて、ただでさえ暑くて赤い顔をさらに赤くし、ポケットに突っ込んであるスマホを慌てて取り出した。


そんな僕に比べて、彼は颯爽と最新のiPhoneを取り出すものだから、東京の人は何においても違うだなんて、僕は少し卑屈になる。



「QRコードだせる?」


「えっと…」


ここを、こうして、そう。そのまま持ってて。


僕は彼に言われるがままに、スマホを差し出し何とか連絡先を交換することができた。彼のアイコンはジャージ姿でしゃがみ、少し眩しそうに移っている彼だった。(ちなみに僕のアイコンは家で飼っている猫のモモスケだ)


「これ…」


「ああ、前の学校の体育祭の時の写真をまだ使ってるんだ。特にいいやつもないし、とりあえず」


彼は懐かしそうに笑ってスマホをジーンズのポケットにしまい込んだ。

当たり前だ。きっと東京にいたころは楽しいことがたくさんあったに違いない。彼がなぜこんなど田舎に引っ越すことになったのか僕は想像がつかないけれど、

きっと東京のほうがいい。僕はこの時何の疑いもなくそう思っていた。


彼が不意に遠くを見る視線に気が付くたびに、僕はまだ彼のほとんどが東京にあるのだと思ってしまう。体だけ来てしまったんだ。いろんなものを置いて。ここに。

それがなんだか悔しかった。君はもうここにいるのに。こうして、僕と出会ったのに。彼を少しずつここに呼び寄せたい。不思議な感情が僕を支配していた。


そんな時だった。



「でも、せっかく広島に来たんだから、宮島の写真にでもかえようかな」


彼の少し吹っ切れたような言葉が僕の頭を叩いた。

はっとして彼を見れば、お好み焼き、もみじ饅頭と広島の名物を呟きながら、楽しみにしてるんだと笑っている。


なら僕の役目はただ一つ。


「ああ、なら俺があんないしちゃるけえ!!」


彼は一瞬目を見張る。


それから、くしゃっと笑って一言。



「ありがとう」



この夏は、東京から君を奪ってみせる。


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