第4話 君が薫る夏
手にしたキャリーケースは重かったけれど、それ以上に君との出会いが僕の気持ちを軽くして、足取りは軽く先頭を行く。
「年、もしかして近いかもしれんですね」
僕のそんな問いに、彼は頷き
「高校二年です」
「え!うそ、俺もだ!!同い年かーなら敬語止めてええ?」
「ふうん。偶然だ、同学年だったとは。もちろん、敬語なしでいいよ」
彼は少し目を見張った。きっと僕が君より年下に見えたんだろう。
確かに僕はそんなに背が高いほうじゃないし、なにより東京の人たちに比べたらこんな田舎の高校生、中学生に見えても仕方ない。
僕はそんなことを内心で思いながら、東京はいいなと憧れながらも、どこかおいて行かれてしまったような感覚に少し悔しさを覚える。
「もしかしたら高校も一緒かもしれん」
「うん。二学期から宮内高校に通うことになってるんだけど」
「それ!俺が通ってる高校じゃ!」
「本当?だったらうれしいな。転向前に友達ができた」
彼はにっこりと笑いながら、心強いだなんてそんなことを言い出す。
僕は「友達」という言葉がすぐに飲み込めず、目を白黒させながら、口の中でもごもごと「友達」とあほのように繰り返す。
「嫌だった?」
「嫌じゃねえ!!」
不安そうに聞いてくる彼に、僕は慌てて答えながら頬が熱く上気するのを感じていた。
高校生にもなって「友達」がこんなにうれしいだなんて。
東京の人だからだろうか。どこか優越感を感じるというのも嘘じゃない。
きっと今ひどい顔をしているだろう。僕は彼から不自然にならないようゆっくりと前を向いて顔をそらす。彼からは赤くなったうなじがしっかりと見えていただろうが、僕はそんなところまで気を使えるほどの余裕はなかった。
夏の蒸し暑い風に乗って、心臓がずくんとくる匂いが香る。
ああ、後ろを歩く彼からだ。
きっとこれは香水の香り。
同級生に香水なんて使ってるやつはいなかった。やっぱり東京はすごい。おしゃれだ。なんてありきたりなことを思いながら、いつか彼にこの匂いの香水を教えてもらおうとぼんやり考える。ほのかに甘くて、さわやかな香り。君の香り。
「ねえ、名前を教えてくれよ」
後ろから声が投げられる。
「あ、ああ、すまん。俺は檜垣泰久。みんなからはガッキーとかヤスとか好きかって呼ばれとるよ」
「ひがきやすひさ・・・うん。よろしく。俺は早良涼介。向こうじゃリョウとか涼介呼ばれてたかな。好きに呼んで?」
僕は心の中で何度も早良涼介と繰り返した。彼によく似あう涼やかな名前だ。
「涼介って呼ぶ」
「じゃあ、俺は泰久って呼ぼうかな」
「そう呼ぶのはかあちゃんぐらいだ」
「なら光栄だね」
何が一体光栄なのかこの時の僕にはよくわからなかった。
でもあまりに君が楽しそうにそう言うから、僕もいつか僕だけの呼び方で君を呼べたらなんて、そんなことを考えてしまうのだった。
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