第62話

 もうすぐ、夏休みが終わる。


 ギラギラ照りつける太陽の強さを肌で感じながら、李子リコはぼーっと河川敷の土手を座って、川の流れを見つめていた。



 刀義トウギ

 そして鈴蘭スズラン


 彼らはなのだと、京子キョウコ真輔シンスケが言っていた。


 彼らの身体は、胡桃クルミ京子キョウコが責任を持ってカタをつけると、悲しげに告げた。

 詳しい事は李子リコには分からなかったが、業者っぽい人達が2人の身体を引き取りに来て、京子キョウコもそれに同乗して行った。

 その場に立ち会いたいと李子リコは申し出たが、気持ちの良いものではないから見ない方がいいと、京子キョウコにやんわり拒絶された。


 その代わりにと、

 京子キョウコに渡されていたものがある。



 その渡されたものを、李子リコは土手に座りながら見つめた。


 もう何度押したか分からない、ソレの再生ボタンを押す。


 ソレ──ボイスレコーダーからは、少しの無言の後から落ち着いた渋い声が紡ぎ出された。



『この音声は、私が機能停止後にマスターに渡すようにと、胡桃クルミ様に託した物です。

 この音声を再生しているという事は、既に私はマスターの側にはいないという事で、その前提で話をさせて頂きます。


 現時点で、私は貴女の犯したという間違いを修正できたのかどうかの判断ができません。

 しかし、出来たのだと、私は思っています。

 私の活動限界はそろそろ訪れます。

 この時代に来るで、バッテリーを一部破損してしまった為、充分な充電も行う事が出来ず──

 ダメですね。私は説明が増長で無駄が多いと、よく貴女から叱られておりました。

 兎に角、貴女の側には長くはいられないでしょう。


 私は、長く活動し続けました。長く貴女の側に居続けました。

 本来ある耐用期間を遥かに超えて。


 貴女の間違いが修正出来たとしたら、私の役割は終わる筈ですが……私は役割を超えて、耐用期間を更に超えて……貴女の側に居続けたいと思うのです。


 これは間違いであり、不可能であると、中枢装置で判定されております。

 間違いであり不可能であるにも関わらず……何故か……私は、願わずにはいられないのです。


 貴女の側に居続けたい、と。


 これは、何処から発生した、何という物なのでしょうか?

 判定できません。

 此の所、故障によるせいなのか、論理的に説明つかない事ばかりが起こります。


 ──マスターは、『魂』という存在を信じますか?


 付喪神つくもがみという妖怪が、日本には伝わっておりますね。

 長年愛用した物には、魂が宿るのだと。

 私にも──魂が宿ると良い、そう思っていますが、実際のところどうなのでしょうね?

 魂は、いつ宿るのでしょうか?


 魂は不滅だと聞きました。

 願わくば、それが既に宿っておりますように。


 そうだとしたら──


 例え私が壊れても、貴女の側に、ずっといられますから──


 ──』



 再生がそこで終わる。


 李子リコは、手の中のそれを穴が空くほど見つめ、そしてポケットにしまい込む。



「魂、宿ってたよ。

 だって、そばに感じてるもん」


 李子リコはそうポツリと呟いて立ち上がった。

 空を見上げて、眩しく肌を焼く太陽に目を細める。


 李子リコは土手を駆け下りていった。


 自分にはまだやる事がある。

 これから、日本の未来を救うのだ。


 どんな物を作りたいのか、具体的なイメージはもう出来ている。

 あとは、それを少しずつ形にするだけ。


 自分には味方が沢山いる。


 ITに強い京子キョウコも、

 賢くしたたかで頼りになる四葉ヨツハも、

 今回の事で本格的にロボット工学の勉強を始めた真輔シンスケも、

 進路の相談に真摯に向き合ってくれる弘至ヒロシもいる。




 中学2年の夏休み。


 確かに自分の人生の方向が決まった事を、中邑ナカムラ李子リコは強く感じ、

 その未来を見据えて、

 力強く走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

例え私が──ても、 牧野 麻也 @kayazou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ