第61話

 宴もたけなわ。

 誰もが満腹になり、気怠い空気が流れ始めた頃。


 チラリと見た時計で時間を知り、李子リコはどうしようかと悩んだ。


 旅行でいない両親。

 本来保護者的な役割だったはずの眞子マコは偽物だった。

 本物の眞子マコへと連絡出来ないものかと思ったが、電話も繋がらずメールも返事が返ってこなかった。

 京子キョウコが、おそらく偽物の眞子マコが、本物と連絡させない為に何か手段を講じているのだろうと言っていた。


 今夜はどこに泊まろうか。

 李子リコ刀義トウギに相談するべく、壁にもたれかかる彼の元へと赴いた。

刀義トウギ。今日このままお婆ちゃんの家に泊まってもいいかな?」

 そう声をかけたが、刀義トウギは顔を上げなかった。

「ねえ刀義トウギ

 李子リコは膝をついて彼の顔を覗き込む。

 その顔は、眠っているかのように目が閉じられていた。

刀義トウギったら!」

 李子リコは彼の身体を小さく揺する。


 しかし、彼は反応しなかった。


「……お婆ちゃん!!」

 李子リコは、全身に冷や水をぶっかけられた気分になり、悲鳴のような声で京子キョウコを呼んだ。

 何事かと、他の者たちも李子リコの周りへと集まってくる。


 何かに感づいた真輔シンスケが、李子リコを横にそっと退かせて、刀義トウギへと手を伸ばした。

 彼の身体を弄って、コントロールパネルを露出させる。


 光っているはずのランプは消えていた。


中邑ナカムラ……」

 真輔シンスケは、コントロールパネルをそっと閉じて李子リコの方へと顔を向ける。


 その表情は、酷く悲しげに歪められていた。


刀義トウギはもう──」

「嘘だ!」

 真輔シンスケを強引に退かし、李子リコ刀義トウギの身体に縋り付く。

 彼の顔を見上げて必死に声をかけた。

「嘘だよね! あれでしょ?! スリープモードとかになってるんでしょ?! 起きてよ! 起きて!」

 彼の身体をユサユサと揺らすが、刀義トウギは反応しない。

 それでもやめない李子リコの肩を、真輔シンスケは強引に引いて自分の方を向かせた。

「終わったんだよ。彼の役目が」

「嘘だ!」

 真輔シンスケの言葉を、頭を振って否定する李子リコ

 真輔シンスケから離れようと、彼の身体を押し返す。

 しかし真輔シンスケはその手を緩めなかった。

「役目が終わったら、ちゃんと認めてあげないとダメなんだよ。それが、尽くしてくれた彼への弔いになるんだ」

 けど例えそれが、機械相手だったとしても。

 真輔シンスケは敢えてその言葉は言わなかった。

 刀義トウギに対して『機械』という言葉を使いたくなかったのだ。

「やだ……」

 駄々っ子のように泣いて聞き分けない李子リコ。しかし、抵抗はやめていた。

 李子リコも、分かってはいるのだ。

 しかし、気持ちが追いつかない。


 真輔シンスケ李子リコの小さな身体を引き寄せ、そっと抱きしめた。

 それはとてもぎこちないものだったが、李子リコは優しさを感じ取る。

 彼の胸に顔を埋めて、悲しさをぶつけるかのようにひたすら泣き続けた。


刀義トウギが死んじゃった……刀義トウギが死んじゃったよ……」

 李子リコの悲痛な叫びに、誰もが沈痛な面持ちになる。


 そう、彼は機能停止したのだ。

 この時代には、彼を直す術がない。

 つまりそれは、機械である彼の、死を意味していた。

 時を待てば直せるかもしれない。

 しかし、彼の持つ記憶媒体はそれほど長い時を待たずに朽ちるだろう。


 それを知ってか知らずか、李子リコは彼の『死』を悼んで泣きじゃくる。



 例え私が壊れても、この子は必ず守ります。


 それが私の──家族と言ってくれたこの子自身が──存在意義だからです。



 李子リコの耳に、いつか刀義トウギが言った言葉が蘇る。


 家族と言ったのは、未来の李子リコだったのだろう。


 でも確かに。

 この時代でも、刀義トウギは彼女の、かけがえのない家族だった。


 李子リコは、刀義トウギの安らかな顔を見ながら、確かにそう感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る