第60話

 夕立があったせいで、その日の夜の気温は過ごしやすいものへと変化していた。


 ヒヤリとした気持ち良い風が、雲のない夜空を吹き抜けていく。

 月が明るく地面を照らしていたが──

 雨戸が締め切られた胡桃クルミ家の居間からは、そんな情緒豊かな景色は見られなかった。

 仕方がない。

 窓ガラスがないのだ。


「さぁできたよー」

 朱色の紐で着物の袖を襷掛けして捌いた京子キョウコが、大皿に乗った唐揚げを持って居間へと入ってくる。

 その後ろから、刺身とサラダの皿を手にした四葉ヨツハと、焼きそばと煮物の皿を手にした真輔シンスケが続いた。

「お婆ちゃんの作る唐揚げ大好き!!」

 箸と小皿、コップを並べていた李子リコが小さく飛び跳ねながら喜んだ。


 今日は大宴会。

 事件が解決したお祝いである。


 その場には、京子キョウコ四葉ヨツハ真輔シンスケ李子リコ弘至ヒロシがいた。


 そして部屋の片隅には、シーツに包まれて壁に寄りかかって眠る鈴蘭スズランが。

 その向かいの壁際に刀義トウギも座っている。

 ワイワイと食事の準備をする李子リコたちを、優しげな眼差しで見つめていた。


 卓を彩る食事を囲み、全員が着席する。

 ゴホンと咳払いした弘至ヒロシが、ビールの注がれたコップを高々と上げた。

「では、無事事件解決を祝いまして」

「「「かんぱーい!」」」

 それぞれがジュースなどの入ったグラスをぶつけ合って笑った。


 美味しそうな食事を目の前に、李子リコは目をキラキラさせながら、どれから食べようか思案した。

 と、その時ふと気になって刀義トウギの方を見る。


 刀義トウギも、李子リコの視線に気がついて顔を上げた。

刀義トウギはこっちこなくていいの?」

 李子リコはパタパタと刀義トウギの近くへと寄って行って尋ねた。

「私の事はお気になさらず。楽しく食事をして下さい。貴女はまだ育ち盛りですから」

 刀義トウギはそう言ってなんとか右手を持ち上げて、李子リコの頭をヨシヨシと撫でた。


 刀義トウギのその言葉に、李子リコは今まで聞きたくても聞けなかった事を聞く。

「あの……さ。その『成長』についてなんだけど。私……大きくなる?」

「マスターの家系は、背が伸びるタイプの方とそうでない方に分かれるようです。お姉様は伸びるタイプでしたがマスターは……それ相応に」

 微妙な言い方に、李子リコは悶々とする。

「あ、それじゃあさ…別のところとかも……ほら、その……ね? ……胸とか……」


 言葉が聞こえていた真輔シンスケがジュースをムセた事に李子リコは気づかない。


「……それ相応に」

「どういう意味っ?!」

「マスター。人の価値は、脂肪の付き具合とは無関係なのです」

「もういい!!」

 刀義トウギが言わんとしている事に気がついた李子リコは、プリプリしながら刀義トウギに背を向けた。


「マスター」

 刀義トウギがその背中に声をかける。

「貴女は……現段階で、と思いますか?」

 刀義トウギの質問の意味がわからず、振り返って首を傾げる李子リコ

「思わないよ。四葉ヨツハと仲直り出来たし。むしろ、良かったって思ってる」

 変な事を聞くなぁと不思議に思いつつも、そう答えた。

「なら良かったです。引き留めてしまいました。引き続き、食事をお楽しみ下さい」

 そう笑顔で告げられて、李子リコは首を捻りながらも卓の方へと戻って行った。


「よかった……」


 刀義トウギは俯きながら、静かにそう、ポツリと呟いた。

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