みぎむけ、ひだり

@rene-hinagiku

第1話 流行りの音楽が聴けない

 とある映画の主題歌がバイト先のカフェで流れている。甘々しいケーキの写真を撮り終えた二人組の女子高生がこの曲に気づいたようだった。いい歌だよね、とか、歌詞に共感するよね、とか云々。女子高生らしい声色と表情を見ながら、そんなに歳は変わらないはずなんだけど、と食器棚のガラスに映った自分を見やる。


 県外の教育系の大学に進んで早二年が経っている。なんとなく大学生になったんだからと髪色を明るくして、片耳にだけ(思ったよりも痛かったからだ)ピアスを開け、アルバイトをしている。高校生だった頃に列挙した、大学生っぽいことを一通りやってみたわけだ。


「すみません、カフェラテお持ちするの遅くなってしまって」


 件の女子高生二人組に飲み物を運ぶ。待ってましたと言わんばかりにおそろいのカバーがかけられたスマホのカメラが起動した。きっと流行のSNSに上げるための写真を撮っているんだろう。こうして「今日」を切り取るんだろう。


「おねえさん、この曲の映画観ました?」


 不意に話しかけられてドキリとする。あいにく他にこれといった客はおらず、この会話に応じざるをえなかった。


「ごめんなさい、実は観ていなくて…。主題歌だけならよくお店で流れているので知っているんですけど」

「絶対観たほうがいいですよ!私たち二回も観ちゃった、感動したよね」


 テレビ番組で紹介映像が流れていたことをぼんやりと思い出していた。確か、原作は少女漫画でいかにもこの世代の女の子たちが好みそうな、そんな印象を持っていた気がする。


「でもやっぱり、曲がいいよね」

「わかる。なんか前向きになれる歌詞で」


 そう思いません?向けられた目線に反論する理由はどこにも無かった。ああいう話、憧れますよね。そう短く答えて席を離れた。世の中の人の大多数はそう答えるだろう。これはきっと模範解答だ。


ほら、前を向いて笑顔をみせて

あなたはこの物語の主役

右足を一歩踏み出したら

きっと素敵な未来が待っているはず


 サビの部分の歌詞を反芻する。なぜだか中指を立てたい衝動に駆られるのは自分の脳が馬鹿だからなんだろうか。自分が社会不適合的な人間だからなんだろうか。


「…嘘ばっかり」

 

 小さいころから流行りの歌に共感ができない性質だった。でもそれを口に出したことは無かった。教室の変わり者にはなりたくなかったし、きっと自分に共感してくれる人はいなかっただろうから。

 正しいのか正しくないのかはよくわからない。ただ、こうして生きてきたことで下手に人間関係が歪まなかったこと、通知表に「協調性がありますね」と書かれ続けたことは事実である。


 さっきの女子高生たちが席を立つ。偶然か必然か、揃った足並みに不自然さを感じた。


 

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