16mmフィルムに写る

近藤まなぶ

第1話 ぼやけた黄色い世界

キレイに飾られた装飾、子供向け番組の曲であろうBGM、我が子の名前を

叫んでいる保護者のカメラのフラッシュ。

誕生会が終盤にかかり9月生まれの園児が皆楽しそうに前に並んでいる。

今月も会は順調に進む中、白いポロシャツをズボンに入れ込んでいる初老の男が

遊戯場の一番後ろで小さく体育座りをしている。


大沢は今年で63になる。

別に孫の顔を見に来たのではない、仕事のためここにいる。

16mmフィルムの上映。

現代人、しかもVHSも知らないような園児のために上映会を行うのだ。


写真撮影を終えた保護者たちが手を振りながら去っていくのを見送ると、

大沢はすっと立ち上がる。さあ上映会の始まりだ。

園児たちは会場の後ろを向き、先生のせーのという声に合わせ、

「「こんにちは!きょうのえいがはなんですか!!?」」

と大きな声で大沢に聞いてくる。


すかさず大沢も

「こんにちは!今日は『小公女』を上映いたしますので、

 どうぞよろしくおねがいします」

と会場全体に聞こえるよう笑みを浮かべて言った。


…今日はあまり反応がないな。

仕方がない、彼らに人気なのはアンパンマンやドラえもんといったキャラクターものなのでこういった児童文学の作品はウケが良くないのだ。

正直、園児たちに喜んでもらえるなら毎回アンパンマンを流したっていい。

しかし、こことの契約は園児が年少組から入園して卒園するまで

全部違う作品を視聴させるというもの。

つまり3年間は作品の被り無しで毎月の上映会を行わなかければならないのだ。


ここの園長は様々な作品に触れてもらい園児の感性を育むためと言っているが、

上映する側としては堪ったものではない。

フィルムの生産なんてもう30年も前に打ち切られている。

そんなレガシーなフィルムは社内のライブラリで映写確認しても

音飛びがひどいものや擦れて映像が真っ白になっているものもザラだ。

人に見せられるようでないものは当然、廃棄。

かつてライブラリに300本以上あった児童向けフィルムは廃棄に廃棄を重ね、

今や50本弱を残すのみ。

このペースだと5年後には3年分回せなくないのでは…?

自分が定年でいないであろう会社の未来を勝手に憂いている。


映写機だってそうだ。手運びできるものは40年以上前のキセノンタイプとハロゲンタイプの1つずつだけ。しかも諸事情があって普段はキセノンタイプものしか使っていない。しかしこっちはランプの換えがあるだけ幾分マシであろう。


上映が始まる。

会場備え付けの大きなスクリーンに先生の背の高さくらいの小さな映像を映し出す。

画質だって良くない。青が潰れかかっていて、黄ばんだ映像になっている。

映写機の横にあるフォーカスのつまみを持ったまま立ち尽くす。

持っていないとフォーカスが勝手にズレるからだ。

こんな低レベルな上映会を許してくれるのはここだけだろう。


無事上映開始してホッとしたのも束の間、映像が徐々に暗くなる。

――しまった、マシントラブルだ。

大沢はとっさにテープを取り外し、予備のハロゲンタイプの映写機にセットし直す。

園児たちがえー、まっくらー、みえなーいと騒ぎ出す。

すぐ終わるから、静かにしてくれ。

そう叫びたい気持ちを圧し殺し、大沢は再び上映を再開させた。


再び上映が始まった。

しかしハロゲンタイプの映写機はキセノンタイプよりも青の発色が悪い、

というよりも青が完全に死んでる。主人公のセーラの青い髪は真っ黒になり、

キレイな白い肌も黄色くなっている。

黄色い世界に性格のいいアジアンビューティフルがそこにいる。

フォーカスだって乱視になったのかというくらいのブレなのだ。

つまみを持ったままでも容赦なくズレていっている。

しかし、誰も文句を言わない。上映が再開してからは園児も先生も静かにしている。

――なんだこれは。

ぼやけた黄色い世界で顔の良いアジアンをただ見守ることを

上映会と言っていいものだろうか。

目の当たりにした歪な光景にふとそのようなことを思ってしまい、

大沢は静かに吹き出してしまった。


「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ。でもうまくいってよかったです」

ふくよかで人の良さそうな顔をしている園長が穏やかに話しかける。

「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません」

トラブルがあったとこは事実、と大沢は頭を下げる。

「とんでもない。やはりフィルムの映像は最高でしたよ。

 よその業者がDVD?にしたほうが良いって言ってましたが怖くて使えませんし

 次回もよろしくおねがいしますね、大沢さん」

「…はい」

次回も、か。

映写機を荷台に載せ車に乗り込む。

「あの園長がDVDさえ知っていれば引退させてあげられるんだけどなあ」

無知とは恐ろしいものだと思いながら大沢は会社へと戻っていった。

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