もしも女騎士が日本の田舎に訪れたら

紅葉

第1話 女騎士と老夫婦


『すまない!誰かいないのか!』


 東北地方の古ぼけた民家。日本式家屋と田園風景が広がるこの場所で一人の女性が激しく玄関をたたいている。ドンドンとしきりにドアを叩いている彼女は大粒の汗をかいていた。すると玄関の住人が慌てた様子で扉を開ける。


『あぁよかった。ようやく開いたか』


 彼女は安心したようにほっと溜息をついた。

 一方でこの家の住人である老人は険しい顔をしている。老人からしてみれば見知らぬ外国人が押しかけてきたような物だ、当然だろう。その事に気が付く様子もなく彼女は続けて口を開く。


『帰りがけに賊に襲われたのだ。少しばかり休ませてほしい』


 彼女は話しかけるが老人には通じない。何か困っているのだと彼女の様子から察する事はできるが老人にはそもそも言葉が通じていない。それはそうだろう、彼女が話している言語はこの国の物ではないのだから。お互いにすれ違っている事に気が付かぬまま彼女はにっこりと微笑む。


『私はハイネルン王国の騎士、セレネだ。決して怪しい者ではない』


 見る者を安心させる聖女のような微笑みだ。彼女の気品とたたずまいから彼女がただならぬ者であるという事が分かる。きっとこの姿を見れば誰でも気を許してしまうに違いない。


 全身に泥だらけのプレートアーマーを身に着けていなければだが。



――――



『っ!ここは…』


『気が付いたか?』


 一人の男が目覚めた。彼は痛む体を抑え周囲を見渡す。

 目の前ではよく見知った女が心配そうな顔をして青年をのぞき込んでいる。


『セレネか…あの世で真っ先に再開するのがお前とはな』


『残念だが私もお前も死にそびれたらしいぞ』


 軽口が叩けるなら上等だ、と笑いかけるセレネ。

これでも男は生死を彷徨う程の重症だったのだ。付きっきりで看病したものの治るかどうかは彼女にも分からなかった。彼が一命をとりとめたのは間違いなく――


『目がさめたようですね』

『スー…お前が治してくれたのか』


 一人の少女が部屋へと入ってくる。背が小さく物語に出てくるような山高帽を被った彼女の名はスー。彼らを治し瀕死の状態から回復させた魔導士だ。もしも彼女がいなかったら彼らは賊に襲撃されたあの時に死んでいただろう。

 護衛の仕事があるから頼れる魔導士を雇うべきだ、と戦闘員に提案したセレネは実に正しい判断をしたと言えるだろう。


『なぁセレネ…ここは一体』


『とある民家を借りたのだ』


『民家だって?』


 ス―から水筒を受け取りつつ彼は答える。それはおかしい、自分たちが居たのは国の北端にある腐界の森だったはずだ。獣の死体は見ても人間などどこにもいなかった、と。


『あの近くには森しかなかったぞ』


『移転の術式を使ったのだ』


『魔法…魔道具か?』


 あいにく青年は魔道具とやらに詳しくない。しかし幼馴染でもあるセレネには全幅の信頼を置いている。きっと自分たちはもう大丈夫なのだ、斥候の任務をしている間に襲われた時はもうだめかと思ったが神はまだ自分達を見放してはいなかったらしい。青年はそう思い安堵するかのように溜息をついた


『しかしその魔法はそう都合が良い物ではないのでは?』


『その通りだスー、いろいろと制約も多くてな』


 セレネが言うには移転の魔法だけではどこに移動するか分からず、また道具自体も頻繁に使用できる物ではないようだ。また帰る為の魔力をチャージさせるのに翌日までかかるとの事。少なくともここは元いたハイネルン王国ではないのだろう。

 彼らからしてみれば存在意義からしてよく分からぬ魔道具に助けられた為か青年とスーは少し複雑な顔をする。しかしそのおかげでこうして命が助かった。

 

 大金を払い何を買っているのだと当時は皆から呆れられたものだが買ってよかった、自分の判断は間違ってなかったなとセレネは思案する。本当は彼女の意外な浪費癖に呆れられていただけなのだが彼女はそれを知らない。


『なんにせよまずはお二人が動けるようになるまで待たなければ…本当はすぐにでも戻りたい所ですが』


『また移動できるようになるまでどれ位かかるか…』


 女性二人が溜息をついてしまった。三人の中で唯一の男である青年としては居心地が悪い。ケガを治してもらい看病までしてもらっているこの現状がとても心苦しい、青年は慌てて励ました


『まぁ命があったんだ儲けものだろう』



――――――――――



 こうして俺たち三人は九死に一生を得た。なんて言えば聞こえはいいが自分としてはどうにも情けない。急に襲われたと思いきや気が付いたらここにいたようなものだからだ。


 老人が優しい人物でよかった。騎士であるセレネならともかく傭兵である自分は他人からの好感が良いとは言えないだろう。

 思えば随分と不思議な場所だ。目が覚めた時にいたこの場所は…納屋だろうか?


 地面と土色の壁で覆われたその場所。人が十人は優には入れるだろう程には広いその空間には自分が見た事もないようなものがずらりと収納されている。細長く先が二股に分かれた武器のような物。植物を乾燥させた小物細工。赤と黒色で装飾され先端にとげが付いたよく分からぬ乗り物…いや本当になんなのだろうあれは。


「○××△?」


『あぁいや少し気になっただけです』


老人には言葉が通じていないらしい。あいにく学がない身だ、賢い二人のように多言語をべらべらと話せもしないので身振り手振りでなんとかコミュニケーションを取ろうとする。


 ふと横を見るとスーが興味深げに壁に掛けられた絵を見ていた。絵にはその地域の風土の特色が現れると聞く、ならば二頭身の獣が魚とダンスを踊ろうとしているあの絵から察するに…いや察せないぞ。

 なんだあの絵は、あんな奇天烈な物は見た事がない。というかおかしくないかこの国の芸術家は。どういう発想と精神をしていれば獣を二足歩行にして可愛らしく書こうとか思うのだろう…


すると老人が盆に何かを載せて運んできた。

…え?


『なぁセレネ』


『言うな、それ以上は失礼だぞ』


 助けてもらってなんだが…この国は随分と文化レベルが劣っているらしい。普通は給仕やら雑務やらは魔法を使う物だ。手を動かさずともこれだけの事ができますよ、というアピールにもなるしその方がよっぽど早く正確だからだ。

 俺も様々な国や地方にも行ったことがあるがこうして人間が直々に給仕をするなど初めて見た。


 スーが老人に礼を言うと老人もまた笑顔で答えてくれた。かの御仁が納屋から出ていくのを頭をさげつつ見送る。

いやいや文化レベルがどうだというのは失礼だ、ありがたく頂くとしよう。そう思いつつ飲むと


『――ぶほぉっ!」』


むせた。思いっきり


『どうした!毒か!?』


『いや毒はひどいでしょう…どうしたのです?』


『苦い!なんなんだこれは!』


驚くほど苦い。

見た目がまるで泥水のように濁ったそれは中身もまたどこまでも異質な味をしていた。これは…いつぞや腹が減った時に手を出した地元の雑草以上に苦いぞ。


『これは本当に飲み物なのかなぁ…』


『この国独特の飲み物だろうか』


『一種の薬湯ですかね?身体の治癒力を高めるだとか』


『これを飲むのは俺には厳しいよ』


『そうか?私は結構クセになりそうな味だが』


 器を置いて小休止を取る。そうかこれは薬湯か、きっと老人が気を聞かせて持ってきてくれたに違いない。なら苦くても我慢をするか。そう思っているとスーが小瓶を手に取り俺たちに問いかけた。



『一緒に頂いたこれ…一体何なのでしょうか?』


 そういうと彼女は手のひらの中の物を見せてくる

 大きさは手のひらに収まる程度、透明な容器とはまた珍しい。その中に入っている物は――


『白い…粉か?』


『そのまま食べる物なのだろうか』


『まさか、粉を食った所で美味いはずもないだろう』


 とんと検討が付かない。なぜ今渡してきたのだろうか。しかし薬湯をくれた優しい老人の事だ。きっと何か意味があるに違いない。セレネと二人で頭を悩ましてみる。


『匂いは無いよなぁ…って事は食べ物ではないのか』


『何か道具に振りかけて使う物だったり?』


『いや、この地方独特の儀式的な物では?一種の呪術道具なのかもしれませんね』


 むむ…魔導士であるスーらしい発想だ。

 そう考えるとこの白い粉は実はとても大切な物なのかもしれない。


『そうかそういう事か!』


『何か分かったのかセレネ?』


『うむあの老人は私達を指さしてこれを渡してきたのだ。つまり私達の現状こそがカギだったのだ』


 なぞはすべて解けた。そう言わんとする顔でうなずくセレネ。ドヤ顔をしている所悪いが早く答えを言ってほしい。なぞかけは苦手なのだ。


『老人は私達を見てこれを差し出した。つまりこれは……治療薬に違いない!これでケガを早く治せという事なのだろう』


 …おぉなんかそれっぽいな!

 そうかこの白い粉は使用者の回復を高める薬なのかもしれない。ケガの部位に振りかける事で治癒力を高めるだとか、そう言われるとそんな気がしてきた


『流石だなセレネ、伊達に騎士はやってないな』


『ふふ、もっと褒めても良いんだぞ』





 こうして彼らは信じられぬほど苦い飲み物を試練のように飲み干し得体の知れぬ白い粉を傷口に熱心に練りこんでいく。その様を老人が見たらきっと唖然とするだろうが彼らは異世界人なのだから仕方ない。

 

 彼らはこれが砂糖とよばれる甘味物である事も本来はコーヒーと呼ばれる黒い飲み物の中に入れる事もしらないのだから。


 最も、もしこれだけの甘味を買おうとするなら彼らの国の通貨でどれほどの金額になるか、その小瓶一つで大きな屋敷が買えたと知れば腰をぬかしただろうからその方がよかったのかもしれない。

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