自信科クリニックの実験用モルモット

ちびまるフォイ

誰でもみんな疲れてる

自信科クリニックにやってきたのは、今にも辞世の句を詠みそうな人だった。


「自分に自信がないんです……。

 なにをやってもうまくいかなくて……」


「大丈夫ですよ。当院ではそんな自信を失った現代人の心を治療し

 中学生のころのような、謎の自信を取り戻すようにしています」


「よろしくお願いします……」


「ちなみに、これはアンケートなんですが、どうして当院を選んだんですか?

 ホームページから知ったんですか? それともSNS?」


「評判が悪いって聞いて」

「え゛」


「ぜんぜん治療がうまくいかないから値段下がって、

 治療の入り口としてはこの安い病院でいいかなと思ったんです」


「な、なんですと……うちは踏み台感覚ですか……」


院長は白衣をたなびかせた。


「いいでしょう。確実にあなたを治療してみせますとも!

 さぁこちらへ来てください!」


患者を別室に連れて行くと、多くの看護師たちが待っていた。

入ってくるなり患者を拍手で迎え入れる。


「素晴らしい患者さんだ!」

「なんて素敵なファッションセンス!」

「顔だちも整っていて、かっこいいわ!!」


どぎまぎする患者に院長は語りかけた。


「いかがですか? 治療フェーズ1「ほめちぎり療法」です」


「ええ……」

「あ、あれ?」


「なんか……わざとらしすぎて、素直に喜べません。

 むしろ、この程度の安い誉め言葉で喜ぶと思われているのかと思うと

 かえって自信を失った気がします……」


「あわわわっ、全員てっしゅ―ー!!」


これ以上、病院の悪評を広めてはならないと院長は慌てて中断した。


「こ、これは所詮フェーズ1ですからね。ははは。

 うちの本気はこれからですよ……はぁ……はぁ……」


「自信ないなぁ……」


「こちらへ来てください」


患者を別室に移動させると、今度はさまざまな創作道具が置かれていた。

絵を描くこともできるし、文章をつづることができる。


「では、こちらでなんでもいいので創作してみてください」


「こんなんで何か意味あるんですか……?」


患者は半信半疑で近くにあった塗り絵をはじめた。

塗り絵にいそしむこと1時間。出来上がった絵を院長に提出した。


「これで何をするんですか? またさっきみたいに褒めちぎるんですか?」


「ははは。まさか、そんなわけないでしょう」


院長が首を横に振ると、待機していた看護師が部屋にやってくる。


「院長。僕たちが無条件に褒めちぎる物ってどれですか?」


院長は看護師をつかむとジャイアントスイングで病院の外へと飛ばした。


「院長、今……」


「気にしないでください! 別の患者さんと間違えただけです!」


「僕のほかにこの病院に患者(ものずき)なんていないじゃないですか……」


「と、とにかく待っててくださいっ!」


院長は塗り絵をもって奔走すること数時間。

やっと戻ってきたころには手にメダルをかかえていた。


「やりましたよ! あなたの絵がゴンゴザール共和国ヌリヌリ大会の

 モンドセレクション賞に輝きました! おめでとうございます!」


「本当ですか?」


「嘘で自信をつけさせてどうするんですか。本当ですよ。

 あなたの実力で勝ち取ったものなんです。

 だから、あなたはけして無価値ではありません!」


「なんか……自身ついてきたかも……」


「ああ、それはよかった。全世界のあらゆる大会に応募したかいがありました」


院長はしまった、という顔になった。


「え……どういうことですか……。

 それじゃ、実力ではなく手当たり次第に応募して、たまたま当たったってだけ?」


「た、単に手広く応募しただけで……。受賞そのものは本当ですよ! ねっ!」


「自信失いました……」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


院長は掴みかけた成功の2文字を取りこぼしてしまったことで自信を失った。

失うほどの自信がまだ残されていたのかは謎。


「まだだ……まだ治療は終わっていませんぞぉ!!」


「まだやるんですか……」


「こっちへ来てください!」


院長は患者を別室に連れていた。

今度の部屋には使い古された治療器具や薬剤が置いてあった。


「フェーズ3、薬剤治療を行います」


「大丈夫なんですか!?」


「ここは病院ですよ、安心してください。

 ちょっと消費期限が過ぎているだけで、問題ありません」


「いやいやいや!! やっぱり嫌です! 帰ります!!」


「ここで帰られたらそれこそ病院の信頼が失われるんですよっ!」


院長は逃げる患者を羽交い絞めにし、強引に注射で自信役を打った。


「ウゴゴゴゴゴ……ゴアァァァ!!」


薬が体に回る間、患者の体は膨張と伸縮を繰り返し、たまに透明になったりして

最後には元の体に落ち着いた。


「ど、どうですか……? 自信取り戻せましたか?」


「いえ……」


「そんな!? これだけやったのに、また失敗!?」


「自信、めちゃめちゃ取り戻せましたよ」


「へっ? ほんとうですか!!」


「ええ、もう体中からなんでもできそうな気分になっています。

 これが自信なんですね。久しく忘れていましたよ」


「安心しました。本当によかったです」


「先生の腕は確かだったんですね。疑ってすみませんでした」


「いいえ。お礼を言うのはこっちですよ。こちらも元気が出ました」


訪れた時は、病院と同じくらい白い顔をしていた院長だったが

治療の成功とともにその顔に生気が戻ってきていた。


「ではこれで失礼します。ありがとうございました」




患者は病院を出ると、仲間に連絡した。



「あ、もしもし? こちら自信課の病院担当のものです。

 こちらの仕事は終わりました。自信対象の院長は自信を取り戻したようです。

 では、次の自信を失った人の場所に向かいます」

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