レリック・ウォー

dandy

第1話


 戦争。それは二つの大きな勢力が軍事力をもって衝突し、激しい応酬を繰り返すこと。軍事力のある国は隣国へ攻め入り、逆に軍事力のない国は、他の勢力と同盟を組むなどをして、互いにどんな思惑があろうとも、表向きは『国のために』と言い続ける。例えば全てを知る者がいれば、その姿はさぞ滑稽に見えただろう。しかし、人間というのは愚かな生き物。その妄言に耳を傾けては一喜一憂している。


 ここクレイオルト共和国でも、それは例外ではなかった。


 共和国というのは、文字通り共和を原則とした国家である。共和、それすなわち『複数の者が仲良く共同してことをなすこと』であり、共和国と掲げるからには国民に不満を抱かせてはいけない。軍といっても、所詮は国民の支持によって成り立つ組織であることに変わりはない。軍人も、自身が軍人である前に国民であることも、忘れてはならない。故に、国民の『ご機嫌取り』も重要な仕事である。




 しかし忘れてはならない。国民は確かに軍を支えている。それは戦争に貢献しているといえばしているのだが、実際に国のために戦うのは兵士であり、戦いの上で散ってゆくのも、また兵士である。国民は、それを忘れるべきではない。

 土埃や泥に塗れ、いつどこで誰が死ぬかわからない。長年共に戦った戦友も、たった数秒で絶命する。家族のために戦いながら、病弱な妻と幼い子どもを残して死にゆく者もいる。それが、戦争における条理だとわかっているにも関わらず、戦わずにいる国民はただ好き勝手に理想を押し付ける。『軍人ならば、国のために死ぬのが仕事だろう』と。



『共和国軍のガンドルト・エレバリス司令部長は、ダルス帝国への侵攻を正式に発表し、明日から歩兵隊の派遣が開始される』

 新聞の一面を飾った内容は、クレイオルト共和国が隣国ダルス帝国へ侵攻するという者であった。



 現在、クレイオルト共和国を含めた大陸の国々は、日々戦争に明け暮れていた。領地を広げんとする国。侵略に抵抗する国。目的は様々だが、兵の命と引き換えに軍の思惑を貫こうとしているのは言うまでもない。しかし、大した階級でもない現場の一兵士にとって、そんなことは些細な問題であった。




 クレイオルト共和国とダルス帝国の国境。そこでは約二万同士の兵が地を駆け、決して軽くはない銃を抱えながら指揮官の命令に従って陣形を展開していく。

「第四小隊はこのまま正面の敵を引きつけろ! 第二、第三小隊は散開し、左右から挟撃しろ!!」

 共和国軍の指揮官の指示が無線で伝えられ、各小隊の小隊長たちが動き出す。しかしその表情は、まるで死ぬために生きてきたと言わんばかりに暗い。軍においては、上官の命令は絶対であるため誰も異議を唱えないが、今の指示は全くもって予想されていないものであり、その行動をとることで自分たちが『本隊を逃がすための時間稼ぎの駒』としか見られていないことを悟っていた。


 共和国は帝国軍よりも先に戦場に陣を展開し、戦闘の準備も整っていた。帝国軍の準備が万全でない状態で攻め込めば、一気に戦線を上げ、帝国領土を著しく占拠することもできただろう。だが、共和国軍上層部が、それをよしとしなかった。なんでも、

「共和国内部での告知に合わせ、帝国軍領土への侵攻を開始する」

 ということらしく、その時は国内での告知の準備ができてなかった。故に攻撃開始を遅らせ、帝国軍にかなりの時間的猶予を与えてしまった。


 そうした上層部の意向に従った結果、冷静に戦況を見定めていた帝国軍が共和国の出鼻を挫き、戦線後退を余儀なくされた。

 予想外の出来事に浮き足立った共和国軍は、果敢な姿勢が崩れ、小隊ごとの指揮すらもままならない状況。結果、さらに戦線は後退し、クレイオルト共和国の首都メリーガスト以東の領地を手放すことがほぼ確定した。

 それでも、現場の兵士たちは撤退を許されない。


『クソ、こちら第三小隊! 前から敵が来た!』

『こ、こちら第二小隊! て、帝国軍に包囲されましたっ! 救援を求む!』

『援軍として第十二小隊が向かっている! なんとしても持ち堪えろ!!』

 怒鳴りあいのような通信が絶え間なく交わされ、それらを聞いていた指揮官は何とか戦場の全体像を掴もうとする。しかし、熟孝している暇などあるわけがなく、次第に状況連絡から悲鳴へと、無線から流れる音声が変わっていく。

「ええい、こちら第一小隊! 本国からの援軍はまだか!」

 ついに指揮官がしびれを切らし、共和国軍の司令部に援軍を急かす。

『こちら司令部。すでに援軍部隊はそちらに向かっております。しかし、戦線までの距離が離れているため、到着にはそれ相応の時間がかかります』

 安全な場所で淡々と言ってのける司令部の人間の態度に、指揮官は無線を地面に叩きつけた。

「ふざけやがって……現場の状況がわかってんのか!?」

 嘆いたところで目の前の現実は変わらない。そうわかっていても、嘆きたくもなる。


 正面の相手だけでも精一杯だというのに、小隊が散開していったはずの方向から敵の増援がやってきたのだから。





 泰平の芽吹。のちにそう呼ばれることとなった、クレイオルト共和国とダルス帝国の戦争は、クレイオルト共和国の一方的劣勢となり、本国から派遣された援軍が到着した頃には、ほぼ全滅していた。


「こちら第三歩兵部隊。既に我が軍の先遣隊がほぼ全滅。敵部隊への攻撃を行ないますか?」

 援軍に駆けつけた歩兵部隊の隊長、マルデルク・カートンが司令部に状況を報告する。それ以外の兵はマルデルクからの指示が出るまで整然として立っている。

『こちら司令部。救援対象の通信が完全にロスト。帝国軍から攻撃を受けそうな場合は迎え撃ってください』

「了解」

 感情のない声に、どこかしらの気味悪さを覚えそうではあるが、必要以上に戦闘はするなという司令部からのお達しでもある。予想外のことが起きすぎた戦場で戦闘の必要がなくなったことへの安堵なのか、マルデルクが小さく息を吐いた。

「これより撤退に移る! 常に周囲を警戒し、敵が戦意を見せた場合にのみ迎撃を行なえ!!」

「「「はっ!!」」」

 短い返事と共に、来た道を戻っていく第三歩兵部隊。兵士たちも戦闘の可能性が減少したことから、少しばかり表情に余裕が見て取れる。だが、明らかな異変を、マルデルクだけが感じ取っていた。


「またか………」

 途中まで隣にいたはずの、第三歩兵部隊副隊長、ジルバード・レイフォンスの姿が見当たらない。しかし、マルデルクは再び小さな溜息を吐くだけで、そのまま歩兵部隊の隊列に加わっていった。





 途中で隊列から抜け出していたジルバードは、まだ戦場に残っている帝国軍を視界に収めていた。ジルバードの出で立ちは、かなり遠くからでも視認できる程目立ったものである。

 全身を覆っている白銀の鎧。戦争に応じて武器が発展する昨今、戦場の主役は剣や槍から銃へと変化した。銃を使うとなると、そのような鎧は邪魔になるため、誰もが軽装である。

 だが、ジルバードは未だに甲冑に剣という装備。時代錯誤までとはいかなくても、前線に駆り出される兵としては異質である。


「さーて、団体客か……」

 辛うじて形を保っている矢倉の柱に隠れている。帝国軍からいつ見えてもおかしくないというのに、微塵も警戒している様子が見受けられない。それは、彼の戦闘に対する自信の現れである。

「………小隊一つ………なんだありゃ?」

 銃を持った八人のその後ろ。一人だけ剣を腰に下げた真紅の髪を持つ女がいた。格好からするに一般兵とは階級が違うことは分かる。部分的ではあるが、小綺麗な鎧も身につけており、悠々と荒れ果てた大地を歩いている。

 あれはどの程度の階級か。あれを仕留めればどれだけの手柄になるのか。頭の中で皮算用をしていたジルバードだが、いつもより慎重にタイミングを見計らう。あの女がそれだけ侮れない何かを持っている。本能的にそれを察したからだ。

 相手は人間。鎧や盾のない部分に剣を突き立てるだけで死ぬ。その点、ジルバードは全身が鎧で覆われているため、たとえ顔面に銃弾が飛んできても問題ない。そのアドバンテージは絶大だ。剣の腕だって、一般兵よりかは立つ。周りの雑兵は銃しか武器を持っていないため、この鎧の前では完全に無力である。

「……っ!」

 堰を切ったように矢倉の柱から躍り出た。この鎧に着慣れているジルバードは、他の鎧を付けていない兵士と同等の速さで走ることができる。そのため、相手からすると『人間の形をした鉄の塊が走ってきた』ように見える。その異質な光景に気圧される者、怯える者が少なからず出てくる。現に、小隊の八人は、ジルバードを視認したにも関わらず、銃を構えるまでに時間がかかった。そのわずかな躊躇が、戦場では命取りとなる。


 ジルバードが一際強く地面を蹴ったかと思うと、そのまま空中で回転。高さが頂点に達した時に剣を鞘から抜き、落下と同時に正面の一人を一刀両断。間髪入れずに大きく横に薙いで、左右の二人を斬る。

「こ、このっ!」

 そこに来てようやく、小隊の面々が銃を発砲。至近距離からの銃弾が五発。当たりどころが良かったとしても、普通なら立っていることもできないほどのダメージがある。だが、ジルバードの鎧はそれを弾いた。頭部二発、胸部二発、左腕部一発。それらの銃弾を、全て弾いた。

 ありえない。

 比較的技術の進んでいる共和国や帝国ですら、作った鎧の強度は高が知れている。銃弾を一発受ければ、その部分を中心として穴が開く。しかし目の前の鎧はどうだろうか。穴が開くどころか、表面が僅かに汚れただけのように見える。そんなことはありえない。ありえないはずのことが、目の前で起こっている。それで平常心を保てる者がどれだけいるだろうか。

「こいつ……!」

「フィリアンヌ様! お下がりください!」

 小隊が女を庇うようにジルバードへ詰め寄る。それほどその女が大事であることを裏付ける行動。それならばと、ジルバードは再び小隊へ牙を剥いた。

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