親不孝

@2014

離婚

どうぞ、お入り下さい。

「では今から10分になります。」

若い刑事に連れられて面会室に入ってきた嫁の沙織の目は泣いてパンパンになっている。

幸助は沙織をただ見つめた。

「刑事さんに全部聞いたよ、、、、」

「うん。」

「何も知らなかった、、、、」

「うん。」

「産婦人科の検診にも1度もついてきてくれなかった」

「うん。」

「お義母さんに電話したら、またやったの、って言ってた」

「…」

「初めてじゃないんやね」

「…」

「もう会うことはないと思う」

「…」


留置場で横になったまま幸助はただ天井を見つめている。

さっき差し入れられた離婚届に判を押し、差し戻した。嫁は元嫁になり、これから生まれてくる子供は父親がいない子として世の中に出てくる。

涙も出ない。二畳ほどの無機質な留置場では何も実感がわかない。もともと相手の気持ちなんて考えてきた人生ではない。今、外では沙織の両親は怒り狂い、幸助の両親は絶望しているだろう。


大阪の東部市場の近くに2階建ての新築アパートの1階の部屋を借りたのは5月のゴールデンウィーク明け、沙織と生まれてくる子供と一緒に暮らすための部屋だ。

沙織が出産準備の為に実家に戻ったのは5月の末28日だった。

その4日後の6月1日、朝8時半頃、幸助はコンビニに行こうとアパートを出た所で二人の私服の男に挟まれた。

「中村幸助だな?」

「はい?誰ですか?」

男がテレビなんかでよく見たことある紙を見せてきた。

「警察だ。建造物侵入、窃盗の容疑で逮捕状が出ている。そこの車に乗って」

私服警官だった。

通路の先を見ると道路に黒色のノアが停まっている。

幸助は部屋の鍵を閉めようとしたが手が震えて鍵穴になかなか刺さらなかった。その様子をみて逮捕状を見せた男が

「なんのことかわかってるな?」と絶妙のタイミングで聞いてきた。

幸助は無言でうなずいた。

二人の男にガッチリ両脇を押さえられ車に誘導されノアの扉が開くと中に数人の男が待ち構えていた。

幸助は導かれるままにノアに乗り、すぐさま先ほどの男から逮捕状を読み上げられ、

「間違いないな」と確認され両手に手錠がかけられた。

わずか5分で世界は一変した。10分前まで自由に動けていた体は、もう幸助の意思で動かすことは出来なくなっていた。

助手席に乗っている60歳手前と思われる貫禄ある男が

「よおさん悪さやってるみたいやなぁ。しっかり話し聞かせてもらうわなぁ~。」と呟いた。

幸助は自分の手にはめられた手錠を見ながらゆっくり目を閉じ、ため息を一つ吐いた。

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