飴と傘

和史

飴と傘

 梅雨明け、日差しは強さを増してはいるものの、風は爽やかで清々すがすがしく、時折り、おろしたての白のズボンに風が通り抜ける。


 私は供え物の水菓子を手に、駅へと向かっていた。

 道中には小さな橋があり、その橋の中ほどから眺める景色は春には絶景の桜並木になる。今は青々とした並木がずっと向こうまで続いている。小さい頃はここからの眺めが好きで、よく母に連れてきてもらったものだった。


 そんなことをぼんやりと思い出しながら欄干らんかんにもたれ、景色に暫し足を止めていると、向こう側から一組の親子がやってきた。橋のたもとで何やら愚図ついている。


 白い帽子をかぶった幼稚園児ぐらいだろうか、男の子はそこから動こうとしないようだった。


 白い日傘パラソルを差した母親は何度も手を引っ張り歩かせようとしている。しかし子供とは頑固な生き物で、橋の親柱に手をひっかけ、てこでも動かない。


 たまりかねた母親はその場にしゃがむと、鞄からドロップ缶を取りだし、目の前で振って見せた。何か一言二言短い言葉で言い聞かせ、ぽんっと一粒、子供の口へ飴玉を放り込む。


 その光景に、同じぐらい幼かった頃の思い出がよみがえった。






 その日もとても晴れた日で、母は同じ様な白の日傘パラソルを広げ、表に立っていた。


 私はというと、玄関先で靴も履かずに出かけるのを愚図っていた。

 昨日新しく買ってもらった色鉛筆で数分前まで機嫌よく絵を描いていたのだが、有無を言わさず窮屈な服に着替えさせられ、これから出かけると言う。母の友人の結婚式らしかったのだが、小さな子供にとって、それがどれだけめでたく大切な事なのかなど分かるよしもなかった。


 私は本能に従って機嫌を損ね、がんとして行かないと言い張った。

 私の頑固は母も承知で、これは時間がかかると思ったのだろう、早々に奥の手を出してきた。


 日傘パラソルをたたむと、私の横をすり抜け、水屋箪笥の一番上の引き戸から小振りの蓋つき硝子瓶ガラスビンを取り出した。瓶の中には寒色系の飴玉ばかりが、数は少ないがぎっちりと入っている。それは母の蒐集コレクションであり、好物のドングリ飴であった。もちろん小さな私も飴が好きで、母が大事に手の届かないところに仕舞ってあるのも知っていた。


 母は私の前に座ると、

 さあ、どの飴がいいかな? 

 と、そっぽを向いている私の前にそれをちらつかせた。

 これはね、魔法の飴なのよ。

 魔法? 

 そうよ。

 この勿忘草色わすれなぐさいろの飴は大事なことを思い出させてくれるし、この夜空色の瑠璃ラピスラズリの飴はぐっすり眠れるのよ。

 うそだい。

 うそなんかじゃないわ。この渦潮模様の橄欖石ペリドットの飴は眩暈めまいがしたときになめると治っちゃうんだから。それから、こっちの水面石ラリマーの飴は悲しい心を楽しい気分にさせてくれるし、紫陽花石アメジストの飴は喉が渇いているときになめると潤っちゃうのよ。

 じゃあ、この綺麗な水色のは? 

 私はいつのまにか母に体ごと向き直って話していた。


「これは藍玉アクアマリンの飴で、嫌な気分をシュワっと吹き飛ばしてくれるのよ」

 そう言うと母は、瓶からその透明な宝石を取り出すと、一粒、私の口へと放り込んだ。口いっぱいに頬張る飴は確かにシュワリと、甘いソーダの味がした。








 先ほどまで愚図ついていた子供は、いつの間にか私の前を通り過ぎていた。白い日傘パラソルはもう遠くにあり、天色あめいろの空には一筋、飛行機雲が夏の始まりを告げていた。

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