御経ヶ岳
安良巻祐介
家の大きな郵便ポストの屋根に、ある日キノコが一本生えた。
ひょろりとした肌色の、種類のよくわからないやつである。
引っこ抜くのを面倒くさがってしばらく放っておいたら、いつの間にか目鼻らしきものができて、人に似た形になっていた。
最初こそ珍しく思い、ふざけてそいつに話しかける真似などしていたが、日が経つにつれ細かな造作が増え、いよいよ人間じみた様相を呈し始めたために、だんだん気味が悪くなり、見るのも触るのも嫌になって、新聞を取りにポストのところへ行くのもよしてしまった。
その結果、当然のことながらポストの中には郵便物が堆積し、あれよあれよという間に溜まりに溜まった新聞や手紙がポストからはみ出して道にまろび出、そこに形式主義の配達人がご丁寧に新しい郵便を重ねるものだから、濡れて破れて変形した新聞紙やら便箋やらダイレクト・メールやらが固まりあって、何だかよくわからない黄色い山になってしまった。
眺めてみても、滲み崩れて一つも読めない文字がお経のようにびっしりと貼り付いた、陰気な山である。
キノコばかりでなくそんな気持ちの悪い御山が家の入り口を塞いでいるのだから外にも出られず、人が訪ねてきても答えられなくなり、当然各種料金の請求が来たとても払うに払えず、電気の切れた家の中で這いずりながら、腐りかけの果実や乾物や塩水や生米や、果ては昔飼っていた何かのペットフード、仏壇の落雁などを貪りて、なんとか生きているようなことになった。
腹の立つには、あの憎むべきキノコ氏が、二日ばかり前からポストを降りて例の山へ入山し、禿げた山頂の辺りに一人ましまして、日がな一日を喋り歌い暮らしているらしい。
私はその、何語だかわからない、無闇に甲高く細長い噺や歌を暗く湿った部屋のうちで聴きつつ、むらむらと煮え返る腹の内を押さえつけて、何か悪いものを呑み下した時のような苦い唾の沸くのを、ずっと、ずっと、堪え続けている。
御経ヶ岳 安良巻祐介 @aramaki88
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