遺影撮影会はまだ終われない

ちびまるフォイ

そのための遺影は用意してますか

写真スタジオに訪れた女性客の注文はちょっと変わっていた。


「遺影を撮影したいの」


「い、遺影ですか? なんでまた遺影なんて……」


「私が死んだときに飾られる写真がそういえばないなと思ったの。

 プリクラの写真じゃ葬式に合わないでしょう?」


「まぁ……目がデカすぎてエイリアン扱いで宇宙葬になるかもですね」


「かといって、不慮の事故で死んだときに

 卒業アルバムの写真なんか使われたら死んでも死にきれないわ」


「どうせ死んでるんだからいい気もしますけど……」


「卒業アルバムの写真の前日に気合を入れた結果、

 眉毛をそり落としちゃったあげく、前髪をまっすぐに切っちゃって

 慌てた拍子にハサミで顔に傷つけちゃったのよ」


「それだとほぼヤクザの顔になってますね……」


「それに、私の死亡事故を見た同級生が私の遺影を見て

 "あいつこんなにキレイだったのか"って、悔しがらせたいの」


「なんですかその執念……」


「とにかく、お金に上限はつけないから遺影を撮りなさい」


かくして、謎写真会がはじまった。

女は遺影用の写真入れも準備し、撮った写真を即飾っては


「ちょっと違うかも」

「角度変えてみようかな」

「ここのシミ加工できない?」


と、いろいろコメントしていた。


半日以上かかった撮影の末に、奇跡の1枚が完成し女も満足げだった。


「この写真はばっちりね! 遺影としても申し分ないわ!」


「ご満足いただけて光栄です。

 悲哀と憂いを感じさせる1枚に仕上がってよかったです」


「……待って、今のもう1回言って」


「悲哀と憂い……ですか?」


「そうよ! 私ったらとんでもない間違いをしていたわ!

 この写真はあくまでも寿命用の写真じゃない!」


「寿命用……?」


「交通事故で死ぬ時もあるでしょ? その時にこの写真はふさわしくない。

 なんかこう……もっと笑顔のほうがいいでしょ?」


「そうですかねぇ」


「そうよ。笑顔だった葬式に参加した人が

 "こんなに美人で素敵な笑顔の人を失った"って悲しみが倍増するでしょう!?」


「葬式をどうしたいんですか」

「結婚式と同じくらい、私が主役になりたいの。さ、カメラで撮って」


今度は「事故用」の写真を撮り始めた。

前とは趣向を変えて輝く未来が楽しみでならないようなはじける笑顔。


カメラマンが疲弊しきったころ、やっと撮影が終わった。


「うん、完璧ね。これならいつどんな事故で死んでも恥ずかしくないわ」


「それはよかったです……」


「じゃあ次は、不治の病で死んでしまったパターンを撮りましょう」


「まだあるんですか?!」


「当然でしょう。不治の病で死んだ時用の写真はもっとおとなしくしなきゃ。

 私の写真で葬式参列者に切なさを与えるのよ」


「わかりましたよ……」


カメラマンはあきらめたように撮影を続行した。

撮影終了後も「自殺した時用の写真」「行方不明からの死亡時の写真」など、

さまざまな死のシチュエーションを想定した遺影が撮影された。


「お疲れ様。もうこれ以上のシチュエーションは必要ないわ。

 これだけあれば、いつどこで私が死のうと完璧な写真を飾れるわ」


「ありがとうございました。またのご来店はご遠慮ください……」


女は嬉しそうに遺影を持ち帰って、すべて額縁に入れた。


「ああ、そうだわ。私が死んだときにどの写真を飾るべきか遺書を書かなくちゃ」


女は自分の死因に応じた写真がどれかを、額縁の番号で書いていく。

遺族が死因シチュエーションに合った遺影を飾り付けるために。


丸1日かけて遺影を書き終えると、死んでから確実に見つかる場所に遺書を置く。


「これでいつどんなときに死んでも大丈夫ね!」


女は満足げだった。


ただ、別に人生に絶望しているわけでもなければ

不治の病を患って余命いくばくしかないというわけでもなく、

そうそう交通事故にまきこまれることもなく平穏な日常が何年も過ぎていった。


 ・

 ・

 ・


そして、ついに女の葬式がしめやかに行われた。

参列者はもっぱら女の話題でもちきりだった。


「まだ若いのに本当にかわいそうねぇ」

「なにか病気だったのかしら」

「いいえ、そうじゃないみたいよ」

「それじゃ、交通事故かしら」

「いえ、それとも違うみたいね」


参列者が頭をひねっていると、遺書をもった遺族がやってきた。


「死因は……整形のしすぎによるものです。

 どうしても遺影の自分の姿をキープしたかったみたいで……」



死因:整形を想定した遺影は用意してなかったので、

葬式ではとりあえず卒業アルバムの写真が飾られた。

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