8 終幕に悪魔は微笑んで……営業再開?



 あれからケイタロウの中で思いがぐるぐると回っていた。なぜ先輩はあんな男と……と、軽く二度目の失恋を味わってしまったショックにミヤノとのことが絡まり、毛糸のようにもつれ、そしてほぐれてはまたもつれ、絡まり……そんなことをしているうちにいつしか眠りに堕ち、そしていつものように、コンビニの前に立っていた。


「遅い……」

 時間にうるさいミヤノが、いつもの時間になっても姿を見せない。もしかしたら、もう、どこかへ転校してしまったのか? そんなことを考えながら、ケイタロウは携帯を見ながら呟いた。

 

 キュイ、キュウゥウーー。


 聞きなれない音にケイタロウが顔を上げたのは、いつもの時間から10分ほど過ぎた頃だった。

「おは……う」

 ミヤノが来た。しかし、いつもとどこか様子が違う。ケイタロウは挨拶を中途に済ませて、まじまじとミヤノを見た。ミヤノ自体はどこも変わっていない。変わったのは車椅子だ。ミヤノはいつものようにリムを回すことなく、右のひじ掛けに取り付けられたレバーを操作し、ゆるゆるとケイタロウに近付いてきている。

「おはよ」

 ミヤノがレバーをグイと前に押し出すと、車椅子がキュィーと音を立て、前進する。

「電気椅子! なのか」

「それだと処刑道具でしょ。電動椅子よ、電動」 

 低いトーンで、ミヤノが突っ込むとケイタロウの脇を抜け、学校の方角へと進みだした。

「それ……来栖さんに作ってもらったのか?」

 こくん、とミヤノは振り向かずに頷く。

「じゃあ、もう俺は……用済みなのか、もうお前を押さずに済むのか?」

 再びこくん、とミヤノが頷く。

 遠ざかるミヤノの背中を見送りながら、ケイタロウはどこか安堵していた。もうこれで、棒でぺちぺちと叩かれながら車椅子を押すこともなくなる……でも、と心の中に、黒いもやのようなものがかかっていた。

「あれれ、先輩もう行っちゃったんですか? あ、おはようございます」

 ケイタロウの後ろからくるりが、素っ頓狂な声をあげながら顔を出した。

「あれ、作ったの?」

 ケイタロウの問いにクルリがうんうんと頷く。

「自信作です! 平地でもでこぼこ道でもスムーズに進めるタイヤ、ソフトタッチで操作簡単なレバー、現在考えられる限り、最大限に軽量化を図ったバッテリー! これでミヤノ先輩は無敵のクルマイサーですよ」

「クルマイサー?」

「車椅子に乗ってるからクルマイサーです、私が考えました。でも……」

 電動車椅子の出来栄えに自信満々のくるりの顔が、ほんの少し、雲った。

「でも、本当は私、手押しの方が好きなんですよね。電動は便利だけど、なんだか、一人で動けるから、その、なんというか、孤立しちゃってる感じが強いというか……押す側とわいわい言いながら移動してるのが楽しそうだな、というか、私も押したいなーとか。勝手な事を言ってるかもですけど」

 くるりの話を聞いて、ケイタロウの心の中のもやがさっと晴れた。

「そうかも、そうだよな……ごめん、先行くわ」

 そう言うと、ケイタロウはたっと駆け出し、ミヤノを追った。

「おい、ちょっ、待てよ」

 ケイタロウの声に、ミヤノが車椅子を停めて、振り返る。

「何? 見てのとおりよ、もうあんたに押してもらう必要はないから」

「わかってる。それで、一人で動き回って……そのまま転校するのか?」

「は?」

「来栖さんに頼んで電動椅子にしてもらったのは、人知れず、前みたいに転校するためなんじゃないのか?」

「……」

「図星か? あのなあ……」 

 ケイタロウが言いかけると、ミヤノは車椅子をUターンさせ、少し速度を上げた。

「もう押さなくていいんだから、これ以上構わなくもいいでしょ!」

 吐き捨てるように言いながら、ミヤノが速度を上げる。

「早! 来栖さんいじりすぎだろ!」

 それほどじっくりと観察したことはないが、電動車椅子がそんなに早く走れるはずがない。まるでスクーターを追っかけてるようだ、とケイタロウは思いながらもミヤノを追った。

 いつものコンビニの前を抜け、学校とは反対方向にミヤノが走る。

「まてよ!」 

「構わなくていいのよ、というか構わないでよ!」 

 二人の距離は一向に縮まない。しかし、なんて速度だ、とケイタロウは全身を震わせるように走った。幸い、陸上部での経験が役に立った。すっかり忘れていたと思っていたフォームで、ペースを乱さず徐々に速度をあげてミヤノを追った。しかし、それも限度がある。尋常ではない速度の車椅子には追い付かず、全身を汗が噴き出し、足がもつれそうになっていく。

「ちょっとは俺の話を……」

「聞かない!」

 振り向かずにミヤノが叫ぶ。ぜえぜえと息を荒げ、ケイタロウはもうこれまでか、と思った。両足を絡ませて倒れてしまいそうだ、と思ったその時。

 

 ゴッ。

 

 何かにつまずいたのか、それとも不備があったのかミヤノの車椅子の後輪が大きく浮いた。

「「あ」」

 二人がほぼ同時に声を上げた瞬間、ミヤノの体は大きく前に飛び出し、アスファルトの上に投げ出された。

「ひゃ!」

 横滑りになるミヤノの後ろで、鈍い音を立てながら車椅子が横転し、後輪をからからと回転させる。

「ミヤノ!」

 疲れ切った体を奮い立たせ、ケイタロウがミヤノに駆け寄った。

「く……」

 両手でなんとか上半身を起こしたミヤノは、ケイタロウをにらむような眼で見ている。

「大丈夫……なわけないな。ケガは?」

 見たところ、制服が汚れている以外は大きなけがはなさそうだったが、ケイタロウは息を荒げながら声を掛けた。

「今のところ、ない……まあ、相変わらず両足は動かないけど」

 むすっとした顔でミヤノが答える。

「そりゃ、あんな無茶な運転したらこうなるよ」

「……次はうまくやるわよ。それもみんな、あんたがあんなこと言うからじゃないの!」

「やっぱり……転校するつもりだったんだな」

 ケイタロウの言葉に、ミヤノが顔をそむける。

「転校するのは勝手だよ。でも、そんなこと続けてなんになるんだ?」

「ほ、ほっとていてよ! あんたなんかに……」

 ケイタロウは、スッと鞄から、園田に渡された紙袋を取り出した。

「関係ないよ、でも関係しちゃったんだよ」

「それ、何よ?」

 ミヤノが、紙袋を見る。

「足がよかろうが悪かろうがお前、自分でしょい込みすぎてたんだよ。これ、前の学校のあいつ……ええと、チャラい感じの」

「園田」

「そう、園田から預かった」 

「これを?」

「これは、前の学校でお前と関わったみんなの思いだ」

「思い?」

「まあ、ぶっちゃけていえば、寄せ書きとか写真とかが入ってた」

「あんた、中見たの?」

「あ、いや、そうじゃなくて……その」

 ごまかすように、ケイタロウは紙袋を手渡す。

「お前が考えてるよりも、周りは自然に接してったんだよ。それなのに、お前が突然いなくなって、みんな驚いた。慌てて寄せ書き作ったけど、転校先もわからないんで困ってた

「……」

「足が悪くて、車椅子だからって相手にされない。そんなことはなかった。でもお前は『七つの大罪』だなんだといって、気を引こうとした」

「……うるさい」

 小さく、ミヤノが呟く。

「それこそ、自分を偽り飾り立てる『七つの大罪』の一つ『虚飾』なんじゃないのか? いいんだよ、ごまかさなくても。お前はお前で。車椅子でもそうでなくても」

「偉そうに……」

「と、いうわけで、『七つの大罪』はこれにて完全終了。さあ、どうする? それでも転校するか?」

 ミヤノは、小さく首を横に振り、紙袋を胸の前でそっと抱えた。

「まずはこの状況をどうにかしてよ」

「ん? 確かに」

 ケイタロウは、横倒しになった車椅子を起こし、軽く前後に押し引きしてみた。

「フレームが傷ついてるけど、動きそうだな。さて」

 からからとミヤノの前に車椅子を停めると、ケイタロウはミヤノに向かい合うようにして、しゃがみこんだ。

「なに? 何するのよ」

「いいから。いくぞ」

 ケイタロウは、ミヤノの脇に頭を入れるような姿勢で抱きかかえた。

「ちょ、何を……」

「うおぉお!」

 気合いととともにミヤノを抱え上げたケイタロウは体を反転させ、車椅子のシートにどん、と乗せた。

「今の、何?」

「遠心力を利用した移乗運動。トルク・アクション! って必殺技みたいな名前がついてる。ま、ちょっとぎこちなかったけど。場数を踏めばもっとスムーズにやれる」

 そう言ってケイタロウが車椅子を押し出した。

「そうね。今の、周りが見たら何かと思われるわ」

 横転した際にどこかが破損したのか、車椅子から、キュルキュルと異音が聞こえる。

「で、どこ行くんだ?」

「そりゃ……学校よ」

「俺たちの?」

「他にどこがあるの?」

 へえ、とケイタロウは顔を緩ませた。もうミヤノには転校の意思はなさそうだが、この意地っ張りな女は、この一件で気持ちを変えたなんて絶対言わないだろうから、そっとしておこう。これ以上『七つの大罪』ネタでいじると、怒りそうだからやめておこう、とケイタロウは思った。

「ひゃあ、すごかったですね、今の。自分でやっておいてなんですけど、想像以上のスピードでしたよ!」

 いつものように目を丸くさせながら、くるりが二人の元に駆け寄ってきた。

「あちゃあ、フレームとリムがガタガタですね。学校ついたら修理しますね」

「ありがとう。それと、電動のシステムも外せないかしら」

「え? あ、はい、大丈夫ですよ!」

 心なしか、くるりの声が嬉しそうに聞こえた。

「それとですね、ちょっと言いにくいんですけど、お二人に困りごとの相談が……」

「言いにくいって?」

 ミヤノが、顔を上げる。

「だって、最近、ずっと依頼をお断りしてたから……」

「そうだっけ? そんなことないわよ。ねえ?」

 ミヤノが振り返り、ケイタロウの顔を見た。いつも通り、不敵な、いや無敵な笑みだ。

「ン……まあ、うん」

「何よ、やるのやらないの、はっきりしないわね!」 

「やるよ、やればいいんだろ」

 ケイタロウは、少し強めに車椅子を押した。

「じゃあ、依頼主にはあとでこちらから……喜びますよ、みんな」

「みんなって……」

「ええ。依頼は他にもあるんですよ!」

 くるりの嬉しそうな声とは裏腹に、これからもしばらくは忙しくなるな、とケイタロウは思った。

「仕方ない、一つずつ片付けるか……」

 疲れ切ってはいたが、その足取りはどこか軽かった。無理難題をミヤノたちと解決していくのはいやではない。それに、退屈だった毎日から解放してくれたミヤノには感謝したいぐらいだったが、口にすると図に乗りそうなので、いつかその時が来るまで黙っておこう、そうケイタロウは思っていた。

「何よ、ニヤニヤして」

 ミヤノが振り返り、そんなケイタロウの顔を見た。

「あ、そんな顔してたか」

「してるわよ、進行形で」

「そりゃ、お前のこと考えてたから……」

「はぁ?」

「お前はいつも……」

 ケイタロウが言い終わらないうちに、ヒュンと、いつものようにミヤノ棒がケイタロウの頭部を狙うように宙を切った。

 

 退屈してる暇なんかない、ちょっとおかしな日常がまた、始まろうとしていた。


 じんじんと額に痛みを感じつつも、ケイタロウは笑顔だった。


                              終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワダチの二人と七つの……?  馬場卓也 @btantanjp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ