疲れたらへたりこむだけさ

naka-motoo

疲れたらへたりこむだけさ

よ。


今日も一日ご苦労さんなのに、しけてるねー。


ほらほら見てみなよ。


みんな楽しそうに家路に着いたり、カフェに寄ったり、ジム行ったり、月曜から飲み会やったり楽しそうじゃない。


なのにキミらはそんなうつむき加減で猫背でさー。


かわいそうに。


しょうがないからわたしがかまってあげるよ。


よし、じゃあ最初はキミからね。


・・・・・・・・・・・・・


「あの。大丈夫ですか?」

「あ・・・はい。ちょっと疲れちゃって」

「こんなところにしゃがみ込んでたら余計に疲れますよ? もしよかったらその噴水のところに座りませんか?」

「はあ・・・・すみません」


こんな俺に声をかけてくれるなんて奇特なひとだな。

しかも、すごい美人じゃないか。

ただ・・・・白のワンピースに白のヒール、おまけに真っ青なリボンを巻いた白のソフトハット? ちょっと、浮世離れしてるかな・・・・


「はい、どうぞ」

「え、いやそんな・・・」

「遠慮しないで」

「あなたの分は」

「ふふ。このニットのバッグは座布団にもなるんですよ」


彼女、やっぱり白の・・・多分、シルクのハンカチを俺に敷くように薦めてくれて・・・

なんだろ。もしかして、宗教かなんかの勧誘か?


「すみませんねえ。こんなに親切にしていただいて」

「はい。じゃあ、これもいかがですか? ちゃんとドリップして家で淹れてきたんですよ。あ。それともアイスの方がよかったですか?」

「いやいや。ホットで十分です・・・て、俺何言ってんだ」


座布団・・・じゃなかった、トートバッグにまさかコーヒーの水筒に小振りのマグカップ2個を忍ばせてるとは・・・

やっぱりちょっとアブない感じだよな。それどころか、このコーヒー何かクスリでも入ってるんじゃないか?


「さあどうぞ」


えーい。いいや。どうせもうどうでもいい、ってへたり込んでたんだから。


「!」

「いかがですか?」

「・・・美味しいです」

「よかった。もしよろしければお砂糖とミルクもありますよ」

「いやいや私はブラックで」

「会社員さんですか?」

「ええ・・・さっきは見苦しい姿をお見せしてすみません」

「いいえ、全然。どうですか? 少しは落ち着きました?」

「はい。ほんとに、ほっ、と一息つきました」

「よかったです。はい、チョコも」

「まるで魔法のバッグですね。なんでも出てくる」

「ふふ。あなたのような方を見るとほってけなくって」

「・・・どうしてこんなに親切にしてくださるんですか」

「あなたがカッコいいからからですよ」

「え」

「ほら、この噴水。水面みずもに夕日が映ってまぶしいぐらいでしょう」

「ええ。ええ、でも綺麗だ」

「来月の最初の月曜日も夕焼けになるんですよ」

「へえ・・・分かるんですか?」

「はい。それで、その時、この噴水の前にあなたと同い年ぐらいの女性が立ってるはずです。クールビズの半袖の白いブラウスに裾の短いパンツスーツで」

「へえ」

「それが、あなたの奥さんになるひとです」

「はは」

「あら。どうして笑うんですか?」

「僕を元気づけようとしてくださってるんですね。ありがとうございます。でも、女の子から『カッコいい』なんて言われたの、高校の時以来だな」

「わ。『女の子』なんて言ってもらえて嬉しいです。年はちょっとあなたがびっくりするぐらいいってるんですけどね」

「ははは」

「イケノさん」

「え⁈ なんで僕の名前を・・・」

「ちょっとわたしの手を握ってみてください。目をつぶって」

「え」


なんのつもりなんだ。


でも・・・握ってみたい。


「ほら。恥ずかしがらずに」

「じゃあ、失礼します」


約束だからな・・・目をつぶって。


「・・・・・」


もう、開けていいよな。


「あれ⁈」


いない。

ん? なんだこれ。


「セラミックの・・・指輪?」


・・・・いいえ、珊瑚サンゴよ。

来月、頑張ってね・・・・・


・・・・・・・・・・・・


はあ。

いいことした後は気分がいいわ。

あ。

次はあの子ね。


・・・・・・・・・・


「こんばんは」

「・・・・・・・」

「中学生?」

「・・・・はい」

「学生服が汚れてるわ」

「いいんです。ほっといてください」

「どうしたの。誰かにいじめられたの?」

「『いじめ』なんて言わないでください! ちょっとふざけ合ってただけです!」

「そう・・・分かったわ。でも、こんな所でしゃがみ込んでると寒いでしょう。初夏といったって夕暮れは気温が下がるわ」

「いいんです。その方が」

「あら。ちょっとあそこのスタンドバー、いい感じね。行ってみない?」

「え。僕、お酒は・・・」

「もちろん。キミに飲ませたらわたしが捕まっちゃうわ。キミはソフトドリンク、わたしはビール」


・・・・なんだろ、このおねえさん。

服装も白ばっかりだし。

でも、帽子の青いリボンがちょっとかわいいかな・・・いや、ボクなんかが女の人のこと、かわいいって思うだけでキモいって言われるだろうな・・・・


「はい。乾杯!」

「・・・かんぱい」

「・・・・・フーッ。生き返ったー! ねえマスター。このお店いい感じね。今日は夕焼けだし外で飲めるなんて」

「はい。サラリーマンの方が多い割にはこの辺に屋外席もあるスタンドバーが無かったもんですから。お陰様で御贔屓頂いてます」

「ハイネケン、おかわりね」

「はい。えーと、キミはまたジンジャーエールでいいかな?」

「はい」

「ビターだけど、平気だったかな?」

「はい・・・・すごく美味しかったです」

「おー。大人だねー。じゃあ、マスター、思いっきりビターで炭酸も強めにしてあげて」

「かしこまりました。・・・男なら飲まなきゃやってられない時もあるさ」

「はい・・・」


なんだろうこの人たち。

大人って、ボクの世界に関係ないはずなんだけどな。

ボクが学校でいじめに遭うのは父さんや母さんにとっては無関係の世界。

ボクは自分で勝手に外の世界で転んでるだけ。


「ねえ、ユウトくん」

「え・・・なんですか?」

「あら。わたしがキミの名前知ってること、驚かないんだ?」

「いえ・・・それより、ボク、名前で呼ばれたの、多分幼稚園の時以来です」

「どうして?」

「その・・・・ずっと、あだ名がボクの本名だから」

「そう・・・きっと嫌なあだ名なのね」

「はい・・・すごく嫌です」

「じゃあ、『ユウト』って名前は?」

「すごく好きです・・・父さんが、男らしく成長するように、って考えてくれたそうです。でも、ボクは結局こんな感じですけど・・・」

「マスター、チリドッグってできるかしら」

「はい、オッケーですよ」

「じゃあ、チリソースどぼどぼのマスタードべちょべちょの大人バージョン、二丁!」

「ははは。オーライ! かしこまりましたよ」


なんだなんだ。ボクそんな辛いの食べたことないよ。ハンバーガーだってマスタード抜きにしたいぐらいなのに。


「はい、お待たせしました」

「わあ、美味しそ! ユウトくん、ガツンといくよ!」


ガブ!


う・・・・喉が焼けるぐらいに辛い!

それに、マスタードが、鼻に突き抜ける!


涙が。

涙がこぼれる・・・・


「あれ? ・・・・あのひとは?」

「ああ。消えちゃったよ。夕日が急に差し込んで、目を開けたら消えてた」

「え・・・」

「時折、ああいうひとっているんだよね。あの風貌じゃ妖精かなんかの類かな。それとも、妖精っぽいコスプレかな?」

「ほんとですか、それ?」

「ユウトくんだっけか」

「はい」

「もしよかったらたまに店に来ないかい? 準備とかちょっと手伝ってくれたら、ジンジャーエールとチリドッグ、ごちそうするよ」

「え・・・でも、ボクなんか」

「・・・僕はキミがいいんだよ。ユウトくんよ」



あらあら。

わたしが目をつけた子だったのに、マスターに取られちゃったわ。

まあいいわ。

ユウトくんとマスターと男同士、友情をはぐくんでちょうだい。


さ。


今宵はこれぐらいにしとこうかな。


また夕暮れの夕焼けの日に、出張るからね。


みんな、いい子ね。

大好きよ。


・・・・・・・・・・・・FIN

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