閏12話 七夕三様

 暦の話をもう少し。


 今この文章を読んでいるあなたのお住まいの地域では、七夕たなばたのお祭りはこれからですか? それとももう終わりましたか?

 こんな質問をされても、何を言っているのか分からない方もおられるだろう。

「七夕は七月七日に決まってるだろう?」

 確かに元々七夕の節句は七月七日に行われる行事だった。


 既に解説していることだが、いわゆる旧暦は冬至を11月(のどこか)に置く体系で、現在の新暦(グレゴリオ暦)は冬至が12月23日ころになる体系。おおよそではあるが、新暦の方が旧暦より一ヶ月程度早く日付が進んでいる形になる。厳密には、過去に何度も書いている通り、大変面倒である。2019年について言えば、旧暦七月七日は新暦8月7日となり、偶然だがちょうど一ヶ月ずれている。


 さて、日本がグレゴリオ暦へと切り替えたのは明治6年からだが、その際に「一 諸祭典等旧暦月日ヲ新暦月日ニ相当シ施行可致事」(*1)と定めた。つまり諸祭典は日付を新暦に読み替えろ、と。

 なので、旧暦七月七日に催していた祭事は、新暦7月7日にするのが「法的に正しい」ことになる。

 しかし、である。

 旧暦七月は新暦8月ころに相当するため、つまり七夕は本来夏真っ盛りの行事である。梅雨明けの夏の夜空に織女星(こと座ベガ)と牽牛星(わし座アルタイル)が天の川を挟んで見える……というイベントなんである。これを新暦7月にやると、両方の星が頭上に来るのは深夜0時ころになってしまう。

 大体新暦7月初旬なんて梅雨真っ盛り、梅雨前線が日本列島を舐めている時季の話であり、夜空を観望する祭事に向いていないことこの上ない。2019年の7月7日も全国的にあまり天気は良くなかった。(*2)


 とまあこのように法律は法律として、現実的問題として新暦7月に七夕祭りをすることには天候的な問題があるため、七夕を新暦の8月7日に行っている地域が全国各所で見受けられる。最も有名なのは仙台の七夕まつりだろうが、私の郷里など7月にやってる地区と8月にやっている地区があって、7月と8月の二回七夕を経験できた、なんて場所もあったりする。

 明治の改暦以降、公式に太陰太陽暦の編纂が行われなくなった環境では、グレゴリオ暦で一ヶ月ずらすというのは便法として手軽だったのだろう。


 それならいっそ暦の変換が便利になった現代でならば、旧暦で七夕を祝ったらどうなんだ?という意見もあるだろうが、実は主に沖縄ではずっと旧暦で七夕が祝われてきている。

 また国立天文台では「伝統的七夕」と称して毎年日付の案内を出していたりする。(*3) これは特に天体観察に際しては月齢が重要な意味を帯びるからという理由もあるのだろう。旧暦は一日が必ず新月なので、七日の月は月齡が一定しているわけだ。


 とまあこのように、実は日本では「七夕」の祭事は三通りに分かれているのである。なお、前述の通り2019年は8月7日が旧暦七月七日なので、旧暦の七夕と一月遅れの七夕がたまたま日付が一致するので二回だけであるが。


 かつて日本は近代化=西洋化と思い決めてグレゴリオ暦を採用し、あらゆる行事をグレゴリオ暦に合致させることが合理的だと信じてきたわけだが、国立機関である国立天文台が旧暦での七夕を案内しているのは大変興味深い。150年の歳月を経て、行事の大本の意義に合わせた暦の選択が視野に入りつつあるのかも知れない。



*1 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054887001652


*2 https://tenki.jp/past/2019/07/07/weather/


*3 https://www.nao.ac.jp/faq/a0310.html

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