閏10話 時の支配者

 暦の話をもう少し。


 さて、天皇践祚に伴い改元が行われ、本日より「令和元年」である。

 改元に際しては本当にいろいろな出来事があったが、やはり散見されたのが元号不要論や西暦専用論。私のように暦の七面倒臭さと年中向き合っているような人間から見ると、なにもそんなな話題にわざわざ手をかけなくても……と思うことしきりである。


 何度も書いてきているが、暦の選択は政治的選択である。


 この世界には科学的に中立公正な暦などというものはなく、元号を使いたくない、というのも政治的なら、西暦を使うというのもまた政治的なのである。逆に元号を使えというのも政治的であり、西暦の強制も政治的である。

 大袈裟な言い方すれば、「自分はこの暦を使う」と宣言することは、政治的姿勢を主張することと同じなのである。


 なんて面倒臭い!


 過去にも書いたが、いわゆる西暦にしたところでキリスト教ローマカトリック教会の教会暦なのであり、すすんでそれを選択するとなれば宗教的問題に発展しかねない。

 もちろん、そういった面倒を避けるために、民主的に合意できる方法で、使用する暦を法で定めるという方法もある。

 そういえば元号の根拠法である元号法(*1)は戦後日本の国会を通過した法律である。おお、なんと民主的なことであろうか。少なくとも法律である以上、国会で改正も廃止もできるのであるから、どこぞの教祖様が馬小屋で生まれたとかいう年から数える、根拠があやふやな紀年法よりマシな感じがする。


 日本の元号は時折改元が入るという点でやや特殊ではあるが、世界を見渡すと、国として独自の紀年法を採用している例はさほど珍しくない。(*2)

 台湾(中華民国)で使用されている民国紀元は中華民国の建国年(西暦1912年)を元年とする紀年法で、西暦2019年は民国108年。

 タイで使用されている仏滅紀元は釈迦入滅の翌年(西暦紀元前543年)を元年とする紀年法で、西暦2019年は仏暦2562年に。

 イスラム教の宗教暦であるヒジュラ暦は、純粋太陰暦なので年の進みがキリスト教式太陽暦より速いわけだが、一応西暦2019年はヒジュラ紀元で1440年~1441年に相当する。(西暦2019年9月1日がヒジュラ暦1441年の新年になる)


 他にも様々な暦がこの世には存在し、どれを使うか・使わないかは政治的・宗教的性格を帯びてしまう。

 もちろん「私はこの暦を使いたい!」という主張は結構なことである。だが、リベラル的に「同様にあなたも好きな暦を自由に使ってください」というのでなければ、やはり押し付けになりかねないだろうし、結果としてあらゆる暦の使用を許さなければならなくなるのではないかと思うのだ。それは少々、行き過ぎな気もする。


 だったら国が定めた暦を使うというのもまたひとつの解決なのではなかろうか。権力で定めなければいけないのであれば、せめて民主的な立法に基づいていれば諦めも付くというもの。




*1 元号法

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=354AC0000000043


*2

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054886240306

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