閑話 人形姫のレムナ

 コメディなしのシリアスな話になりますので、そういうのが苦手な方は申し訳ありませんがページを閉じてください


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 私は名前はレムナ、王都の高級娼婦。

 レムナとは私の種族の古い言葉で【必要ではない】という意味だ。


 彼を初めて見たのは魔王討伐の遠征パレード。

 昼も中ごろを過ぎたころ。

 王城から王都外門へと続く長い大通りには、世界を救うために旅立つ勇者の一団を観ようと、多くの人が押しかけていた。

 馬車四台が横並びで通れる広さの道が隙間もなくなるほどの大混雑ぶりである。

 そんな難儀な喧騒をよそに、私と姉さんたちは高級娼館の三階のテラスでくつろぎながら、勇者たちの隊列を眺めていた。


 百人ほどの選ばれし勇者たちが群衆に手を振り大通りすぎていく。

 男も女も勇壮で煌びやかで見目麗しい者が多かった……らしい・・・

 勇者とよばれる超常の力をもつ者のほとんどが整った容姿なのは、神から与えられし祝福の一つだと言われている。

 一説によると、後々に語られる伝説となる英雄たちの顔が醜いと、お話にならないからだとか。

 それが本当だとするなら、神様とは随分と俗っぽい性格なんだと思う。

 そんな勇者の一団は、常日頃から美を探究して磨きをかけている娼婦仲間の姉さんたちにとって、よい鑑賞対象となっていたようだ。


 あら、逞しくていい男ね、恋人はいるのかしら?

 あら、何かしら、あの汚いボロをまとった小人は?

 あら、聖女様はまだまだお子様ね、私の方が美人だわ。


 ……といった具合である。


 きゃあきゃあと、生娘のような黄色い声をだす姦しい姉さんたちの話を、私はぼんやりと聞いていた。

 付き合いでテラスに来ていたが正直どうでもいいと思っていたのだ。

 当時、ある障害を患っていた私にとって、勇者の一団とはさほど興味を引かれる対象ではなかった。


 あら、あの子は確か異世界から来たという勇者様じゃない?


 姉さんが指差すそこには、隊列の中でも一番豪華な馬車に乗せられた少年がいた。

 異世界から召喚された勇者。

 会話にできる程度には知っていた……でもそれだけであった。

 少年は勇者の一団の中でも明らかに浮いていて、オドオドとした様子で小さく手を振っている。

 少年がまとう輝く兜や鎧は大変立派なものだけど、まるで誕生日に身の丈の合わぬブカブカのお洋服を着せられた小さな子供のようだった。


 あらあら、あの子の顔、少し見えたけどあまり整ってないわね。

 あらあら、しゃんと背を伸ばせばいいのにみっともない。

 あらあら、大丈夫かしら、異世界の男って大したことなさそうね。


 姉さんたちの少年に対しての手厳しい評価を聞いた途端、私の中で不思議な反発心が生まれた。

 確かに異世界から来た少年の姿は威厳が無く、勇者とは程遠いものかもしれない。

 しかし、辺りを恐々きょろきょろと見渡す、ともすれば落ち着きなさげと捉えられる様子は、二本の後脚で砂漠をテテテと走る砂トカゲみたいで、どこか憎めない愛嬌があると思うのだ。

 そんな反論を口にしようとしたら、少年がテラスにいた私たちを……私を見た。

 今思えば、実際には何気なしに顔をあげただけなんだと思う。


 私の目に、大きい兜の中に収まる美男子とは言い難い顔が映った。


 わずかに恐怖を覚える……魔の者を連想させる黒の髪に。

 しかしその顔は、糸のような細い目と低い鼻のひどく曖昧な浅い造形で……そう、やはり砂トカゲのように愛嬌のあるものだと感じた。

 自分の想像に笑ってしまう。

 姉さんたちが、あら、人形姫レムナが笑うなんて珍しい⁉ と、声をだして驚きの表情を浮かべた。

 そんなに変かしらと思い……そして、遅れながら自分の中の異変に気づいて激しい衝撃を受けた。


 あれ、人の顔が分かる……?

 私にも人の表情が分かる……!?


 ある出来事により後天的に生じた私の障害……人の顔を見ても、その表情や造形を把握できず個人を識別することが出来ない奇病。

 顔だけでは美麗の判別が出来ず、誰かも分からない。

 だが、少年の顔を見た瞬間から、再び他人の表情を認識できるようになったのだ。


 それはとても、とても信じられない奇跡であった。


 頭が真っ白になった。

 衝動のまま少年の姿を追った。

 気がついたら姉さんたちが私の体を押さえていた。

 邪魔しないでと暴れながら必死に手を伸ばす。

 あとで思いだしてみれば、彼女たちが咄嗟につかまえていなかったら、私はそのままテラスから転落していたかもしれない。

 しかしその時の私は、少年のことしか頭になかったのだ。

 少年は前を向いていて、その顔は兜に隠れ見ることはもうできなかった。

 他の勇者たちの美しい顔も見たはずだが記憶にも残らなかった。

 歓声の中、群衆の向こうへと遠ざかっていく勇者の一団。

 目も離せず少年の姿……乗っていた馬車が消えるまで見つめた。

 多くの戦士たちに囲まれてるのに、世界にたった一人でいるような小さな背中。

 ああ、懐かしい。

 ああ、駆け寄って行ってこの胸の中で抱きしめてあげたい。


 私は……そのとき、なぜかそう思った。



 

 私はお客さんから、また娼館の下働きの者から勇者の話があれば、どんなことでもいいので教えて欲しいと頼んだ。

 姉さんたちには人形姫レムナは勇者マニアとからかわれた。


 一ヶ月が過ぎ、勇者の一団の快進撃の話が聞こえてくる。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 三ヶ月が過ぎ、勇者の一団は魔の者の支配下となっていた街を次々と解放している。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 半年が過ぎ、勇者の一団は多くの国の兵士たちと協力し魔の者の軍勢と戦っている。

 異世界から来た少年の話は聞こえてこない。

 一年が過ぎた……。

 勇者の一団はある小国の首都と街を大群の魔の者に同時に攻められ、苦渋の選択の末に首都のみを守る決断を下した。

 異世界から来た少年は、それに反発し、街を守るために一人で戦い……そして守ることができなかった。

 首都は外門を破られたが、防衛することには成功したらしい。

 ただ勇者の一団にも少なくない被害がでてしまい、少年の身勝手な行動を多くの者が責めた。

 その話を聞いたとき、瓦礫の廃墟となった街の中、一人呆然と立ちつくす傷だらけの少年の姿を幻視した。

 それから魔の者との戦いは小競り合いの小康状態に入る。

 しばらくの間は大きな出来事は起きていない。

 ただ、このころから異世界から来た少年のことが、よく話題にでるようになった。


 二年が過ぎ、異世界から来た少年は常に先頭に立ち一人で戦っている。


 彼の成長は目覚ましく、突出した強さに追従できる者が片手で数えるほどしかいないからだ。

 しかも少年は、魔の者に対して暴風のような苛烈で容赦のない戦い方をするため、勇者の一団の中でも煙たがれ孤立しているという。


 二年と少しが過ぎ……勇者の一団によって魔王が討伐された。



 数ヶ月後、王都で開かれた凱旋パレード。

 遠征パレードの時以上に多くの者が王都に詰めかけ大混雑となった。

 豪華な馬車に乗った勇者たちが凱旋してくる。

 美しい彼らは、にこやかな笑顔で、誇らしげに手を振っていた。

 あちこちで勇者様万歳と大きな歓声があがり、花びらが雨のように舞って、王都内の全ての鐘が祝福を祝って鳴り響く。

 勇者たちの勝利の凱旋を褒め称える群集の声はいつまでも、いつまでも止むことがなかった。

 私は高級娼館のテラスのフェンスに張り付き、姉さんたちに呆れられながらも見逃さないように勇者一人一人をつぶさに確認した。

 パレードの始まりから終わりまでを見続けた。


 しかし、異世界から来た少年の姿はどこにもない。


 魔王は勇者の一人である王国の第二王子が討ち取ったと公表された。

 



 それからしばらくして、私は少年と出会う。

 彼が高級娼館に客として訪れたからだ。

 王都中に様々な悪名が鳴り響いている異世界の勇者。

 その彼が高級娼館で一番の娼婦を求めているらしい。


 この私……人形姫のレムナを。


 正確には高級娼館で一番の娼婦とは誰でもない。

 高級娼婦は様々な事情から客となる相手がしっかりと別けられていて、誰が一番などと明確に決められないからだ。

 姉さんたちは高級娼館の暗黙の了解すら知らぬ、女の扱いも覚束なそうな少年の相手をするのを嫌がり、私の元まで話がきたらしい。


 王都の高級娼館には金があるだけでは入れない。

 権力と名声を持ち、紳士的なふるまいを出来る者が最低条件だ。

 女に対し、暴力行為を行う男などはもってのほかである。

 何故なら王都の高級娼婦とは、殆どがエルフやダークエルフといった長命な種族の者で、育てるには長い時間と莫大なお金がかかるからだ。

 高級娼婦との逢瀬を楽しむのは、完成された芸術品を愛でる行為に等しいのかもしれない。

 ただ、酒を飲み、肉を食らい、性欲を満たしたいだけなら普通の娼館にでも行けばよい。

 それが歴史ある王国の高級娼館の考えであった。


 少年は曲がりなりにも世界を救った勇者の一人で、高級娼館に入る資格は十分にあった。

 悪名高い相手でも、無下に断っては角が立つ、ということらしい。

 お父さんと皆に慕われている店主から、相手は戦いしか知らぬ教養もない野蛮人、どんな危害を加えてくるか分からないから断ってよいとまで言われた。


 でも私には断るなどという選択は初めからなかった。

 むしろ、信じられない幸運に歓喜したのだ。




 遠征パレードから数えて三年ぶりである。

 私は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、扉の影から室内の様子をうかがった。

 ソファーにはだらしなく座る異世界から来た少年がいた。

 ああ、もう少年ではなかった……彼の姿からは、かつてのひ弱さはすっかりと消え失せ、肌は日焼けして筋肉がつき、細かった体は一回りは大きくなっている。

 あのときと違い立派な兜や鎧を着けていないが、その肉体は歴戦の戦士の逞しさと頼もしさを想像させるものであった。

 服装はくたびれ、全体的に清潔感がないが不快にならない。

 むしろそれらすらも、野性味あふれる魅力に感じられ好ましく思えた。

 ますます緊張する……私は呼吸を整え彼に声をかけようとした。


 しかしその顔を見た瞬間に言葉を無くしてしまう。


 砂トカゲのように愛嬌があった顔はひどく疲れ果て、黒髪には白いものが混じり、真っすぐだった瞳はぼんやりと宙を見あげる虚ろなものに変っていたから。

 

 まるで重い荷物を背負い、一人で荒野を歩き続けた旅人のようだった。 


 その理由を察し、胸が締めつけられる。

 王都で広まる彼の良くない評判。

 悪名高き異世界の勇者……乱暴者、卑怯者、そして散々身勝手な行動で勇者の一団を振り回した挙句、魔王を前にして恐怖し逃げだした恥ずべき臆病者。

 口さがない人々はそう言っていた。

 王国の第二王子が仲間と様々な者たちの協力のもとに魔王を討ち取ったと、そこに至るまでの苦難の道のりが、まるで英雄譚の物語のように語られていた。

 しかし、今まで高級娼館に、私のもとに流れてきた多くの情報からそれらのことがすべて真実ではないと判断できた。

 この人形姫はずっと彼の姿を追ってきたから、だからこそ確信できた。


 魔王を倒したのは彼だ……彼が、たった一人で倒してしまったのだと。


 なぜそのようなウソがまかり通ったのかも理解できる。

 魔王討伐の英雄とするならば、異世界から来たどことも知れぬ出自の少年よりも、高貴な王家の血を引く王子のほうが王国にとって都合がよかったからだろう。

 くだらない馬鹿げていると思った。

 それが彼にいったいなんの関係があるの?

 この世界に身勝手にも連れてこられて戦う理由などないのに、それでも必死に戦い抜いた少年が誰にも褒めらず認められず、いわれなき悪意に晒されなければならないのか?

 そんな傲慢な行いをよしとする権利など、この世界の誰にもないというのに‼

 あるいは、誇らしく凱旋した勇者たちのように戦いの傷を癒してくれる愛すべき存在……家族、親友、恋人でもいれば話は違っていたかもしれない。

 しかし、彼はこの世界で一人ぼっちだ。

 今、私の目の前にいるのが何よりの証拠。

 神様は残酷だ……本来なら誰よりも褒め称えられるべき彼に、ささやかな救いすらも用意してくれなかったのだから。


 

 私が部屋に入って来たことに気づいた彼は慌てた様子で立ちあがり、呆けたようにこちらをしばらく見つめ……そして笑って迎えてくれた。

 頬をひきつらせた、下手くそな、不自然な笑い方だった。


 ああ、ああ……とても、とても悲しい気持ちになった。


 本来の彼・・・・の笑い方はこんな痛ましいものではなかったはずなのに。

 昔の彼・・・の笑い方は無防備で打算の欠片もなく、見ているこちらが心配になるほど幼く無邪気なものなのに。

 気がついたら言葉が溢れていた。

 私の中の知らない私が、知らない言葉を紡いでくれた。


「お前、ひょっとしてヒイロ……ヒデオじゃないか?」

「ええっと、うん、そうだけど……なんでその名を?」

「オレオレ! オレだよカオルだよ。漫研のカオル!」

「え……カオル? え、あのデブの⁉ ま、まじかよ!?」


 私は彼に強く抱きついた。


「いやーヒイロ、会いたかったよ!!」


 一人ぼっちの彼を離すものかと強く抱きしめた。

 私は、強張る彼の背中を乱暴に何度も叩く。

 叩いた手のひらが痛くなるほどに。

 彼は戸惑い、喉を何度もひくひくと鳴らし、やがて安堵するかのように力を抜いた。

 ようやく荷物をおろせる……そんな彼の気配に涙があふれた。


 人形だったレムナは彼に買われ、ヒイロだけの家族……カオルとなったのだ。





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 ここから一話を読むとギャップを楽しめるかも?

 実はヒイロがそこまで深刻にシリアスしてなかったことが分かります。

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異世界行ってダークエルフの高級娼婦で童貞卒業 あじぽんぽん @AZIPONPON

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