Second Bullet-1-

 篠崎昴を殺した日の夜、僕は妙な夢を見た。


 二人の男女が小さなテーブルを挟んで対面し、会話していた。


 何故か彼らの顔は黒い靄で覆われており、表情を伺うことが出来なかった。


 机の上にはスコーンや紅茶が置かれ、彼らはアフタヌーンティーを楽しんでいる様子だった。


 あのね、と女――少女は語り始めた。


「あたしは別に、他人の不幸が好きとか、幸せを奪いたいとかじゃないの。

 むしろ幸せな人たちを見てるとあたしも嬉しくなっちゃうの」

 と、少女は可愛らしく、小鳥が囀る様な声で言った。


 少女と対面している男は、つまらなさそうに紅茶を啜り、それで?と返した。

 僕には彼らが何を話しているのか分からなかった。

 


「だけどあたしも幸せになりたいの、ね、分かるよね。

 あの子達は誰かに殺してもらった命を平気で消費して生きてたよね?美味しいって言って食べてたんでしょ?」



 男が無言の肯定をするかのように紅茶をまた啜り、少し顔を上げた。

 ニヤニヤと嫌な顔をしていそうな雰囲気だった。



 少女は機嫌が良さそうで、その男に向かってよく分からない話を続けた。



「美味しいものを食べるのは幸せだよね。えーと、なんだっけ、にんげんのさんだいよっきゅう?まぁ食欲っていうか?

 あたしも人間だから、欲求は満たされるべきだと思うの」


 そして少女はスコーンを一口で食べ、ペロ、と舌舐めずりをしてこう言った。



「だから――あたしにとっての他人って、そういう事。他の人間で言う所の、食べ物でしかないの。……よぉく知った、美味しい、食べ物。それ以上でもそれ以下でもない。って言うか、人間は対価を払わなすぎなんだよ。簡単に他の動物の命を奪って生きてる。自分が食物連鎖の頂点にでも君臨してると思ってるんだろうなぁ。

食物連鎖の頂点は人間であって人間でないと思うの。……別に人間は人間の事を食べれるんだもの……ねぇ?


 あ、××の事は食べないよ?

 やだなぁ、仲間を食べるほど私は落ちぶれてないよ。食糧難でも無いし。


 とにかく、あたしにとっては世界中のありとあらゆる食材より、今ここにあるお菓子なんかより、人間の方が美味しいの。

 だから人を殺して食べるの。

 それがその人にとったら悪夢なんだって、その人の周りからしたら悲しいことなんだってちゃんと分かってる。不幸にしちゃうのも知ってる。全部わかってるの。

 だけど仕方ない事なのよ。

 だってこの世の中じゃ、人間を捌いて売ってくれる人はいないでしょう?だから自分で捕まえて、命を頂いて、美味しく料理して食べるの。残さずに、ね」




 今まで少女の話を聞いていた対面の男が耐えられない、というふうに笑った。



 そして何か言葉を少女にかけ、紅茶を飲み干してその場から離れようとした時、


 少女はその男の袖を掴み、そして彼の耳元に唇を寄せて何か囁き―――













 ジリリリリリリリリリリ








 設定していた目覚ましが無情に鳴り響き、ガバリと起き上がる。


 ベッドサイドの目覚ましを止めるついでに眼鏡を掴んで掛ける。


 さっきまでの夢は何だったんだろう。


 悪夢に分類されるのだろうか。



 



 くぁ、と欠伸を一つしてからベッドから降り、昨日から僕が履いているスニーカーを履き、窓際にある机の上に綺麗に畳まれていた白のタートルセーターにジーンズを履いて、姿見を見て軽く髪を整えた。寝癖は酷くない方らしい。



 この部屋は三浦の邸宅の僕に宛てがわれた一室だ。行くあてもないのでここに泊めさせてもらっている。

 部屋は広く1人で使うには勿体無いほどな上、部屋だけでなく、こうして服まで用意してもらっているのだから、三浦には感謝しなくてはならないのだが、どうも真意が掴めない男だから、あまりいい気はしない。



部屋を出て無駄に長い廊下を歩き、ダイニングに入ると三浦は既に起きていて、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。



「やぁ、おはよう」


「おはようございます」


「よく眠れたかい?」


「……いいえ全く。妙な夢を見たので、寝た気がしません」


「昨日の事を夢に見たのか?」


「恐らく、何の関係もないと思います」


「……そう。

朝食を今用意している所だ、もう少しくつろいでいるといい」


「え……誰がご飯を用意するんですか」


「おや、昨日説明しなかったかね。

私は家事が全く出来ないからねぇ、通いの家政婦を一人雇っているのだよ。また後で紹介してあげるよ」

ふふふと笑いながら三浦は新聞を捲った。


「こんな大きな家に住んで、家政婦を雇う余裕があるなんて、貴方は一体どんな仕事をしているんですか」


「まぁ……ぼんやり言うと不動産かな」


三浦は新聞から目を離さずに答える。


僕は曖昧に相槌を打ち、近くにあったテレビをつけた。

『これ以上踏み込まないでくれ』とでも言うかのような静かな圧を感じたのだ。



気まずい沈黙と、空気を読まないテレビの雑音が流れる。




「……あの、」


コンコン

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Sixth Bullet No.NAME @rottonlemon

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