第11話 うさぎ、少し動揺する

 ローズガーデン王国第2王子バーガンディアンの『芽生えの宴』で起こった『聖獣』平伏事件はあっという間に世界中の国々に伝わった。

 『聖獣』たちの間では御伽噺の存在だった『神獣』とその契約者が現れたことは色々な意味で衝撃を齎したらしい。


(これ美味しいわっ)

「そうか、美味いか。俺の分も食べるといいぞ」

(いいの?)

「遠慮するな。お前が喜ぶと俺も嬉しい」


 衝撃の発信源であるわたしは何も知らず美味しいスィーツを前にして上機嫌だった。

 『芽生えの宴』から毎日、バーガンディアンは午後にスィーツを持ってわたしに会いにくるようになった。

 最初の数日は気のせいかなと思っていたけれど今では確信できるくらいにバーガンディアンは成長してきている。

 大きなイベントを乗り切ったという自信からなのか、その成長ぶりにはかなり驚いている。


 やっと自覚が出てきたってことなのかしらー。


 絶妙な甘さとしっとりとした食感のキャロットケーキをもぐもぐしながら椅子に座って優雅にお茶を飲んでいるバーガンディアンを改めて観察してみる。

 ローズガーデン王国王室特有の燃える炎のような赤い髪、ううん、薔薇色と表現するべきかしら、ローズガーデン王国だものね。それと同じ赤い瞳。

 身体つきは10歳の少年だから筋肉っぽさはないけれど、肥満でも痩せ過ぎでもない。もう数年もすれば男って感じの身体になってきて…


 もしかして、イケメンになるんじゃないの?


 そんな当たり前のことに今更気付いた。

 王侯貴族に美形が多いのはお約束みたいなものだ。

 知っていたはずなのに、今までは幼い言動ばかりに気をとられて客観視できていなかったみたいね。

 そんな風に新しい発見に戸惑いつつも美味しい時間を過ごしていたらコンコンとノックの音が聞こえた。

 部屋の隅で待機していたメイドさんが扉の外を確認してヤン君が来たことをバーガンディアンに伝えると眉間に皺を寄せてため息をついた。


 あら、ヤン君と喧嘩でもしたのかしら。


「入っていいぞ」


 嫌そうではあるけれど入室の許可を出した後、もきゅっと新しいマカロンを咥えたわたしを抱き上げて膝の上に座らせた。


 わたしじゃ、防御壁にはならないと思うよ?


 まあ、本人がわたしを膝乗せしていたら落ち着くのなら自由すきにさせておいてあげましょう。

 わたしは甘味さえ食べれればいいわ。もぐもぐ。


「王子、お持ちしました」

「…本当に持ってきたのか」


 なんだか嬉しそうなヤン君とげんなりした様子のバーガンディアン。

 何がそんなに嫌なのかしら?

 ヤン君は立派な装丁の紙の束を幾つか持っていた。

 子供が嫌がる紙系っていえば、宿題とか?

 暢気にそんなことを思っていたらヤン君が爆弾を落としてきた。


「王子が『神獣』様とご一緒なら釣書を見ても良いっておっしゃったんじゃないですか」


 釣書!?

 釣書っていったら、アレよね?

 お見合い相手に送るプロフィールが書いてあるアレ?


(え?あんたお見合いするの?)


 10歳なのに?

 驚いてバーガンディアンを見上げると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「別にしたくないけど、陛下が送られてきたから目を通せって」

「当然ですよ!先日の『芽生えの宴』で王子は各国の王族貴族のご令嬢から大注目ですからね!こちらは陛下が厳選した方々の釣書ばかりですからね、目を通して気になる女性かたがいれば直接面談の場を設けることになっております」


 ああー。

 わたしは納得してため息をついた。

 齢10歳の第2王子なんて微妙な立場の人間に釣書を送ってきたのは『芽生えの宴』でわたしが『神獣』でバーガンディアンが『英雄王』の称号を得たことが近隣諸国の王族たちに知られたせいだ。

 政略結婚の相手として自国の姫を差し出すのにこれ以上の理由なんてないわよね。


「別に俺は会いたくない」

「見もしないでそんな風におっしゃらないで下さい。さあ、ご覧下さいませ」


 ヤン君は笑顔で釣書の束をテーブル上に置いた。


「俺はまだ未熟だから、今は考えられない」

(ぷはっ、あんたも言う様になったわね!)


 いつになく真面目な表情で大人みたいな口調で断り文句を口にしたバーガンディアンにわたしは噴出してしまった。


「考えられなくても良いですから、一度は目をお通し下さい。『神獣』様とご一緒なら見るって言ってサーシェス先生から逃げたのは王子ですからね」

「…そうだけど」


 どうやらここまでの間にも散々逃げ回ってきたようだ。


(とりあえず見るだけは見なさいよ。見るまでヤン君も納得しないだろうし、一応相手にも失礼でしょ)


 『英雄王』の妻の座欲しさで釣書を送ってくるような相手は正直どうかなって思うけれど、社交上、見もせずに送り返すわけにもいかないだろう。

 今後、相手のお姫様やご令嬢に会った時に見たよって対応くらいはしなければ駄目だろうし。


「…ねぎがそう言うなら、一応見るだけだからな」

(うんうん、イイコイイコ)


 その後、わたしは膝の上から一緒に釣書を眺めながら、


(この子、かっわいいわね!)

とか

(あら、お菓子作りが得意なんて素敵!)

なんて合いの手を入れて過ごした。


 バーガンディアンとの年齢の兼ね合いもあるのか相手の年齢は上が14から下は8歳で全体的に若いお嬢さんばかりだった。

 どの娘さんたちも各国が選りすぐっただけあって魅力的だったけれど、バーガンディアンは興味なさそうにわたしの耳を弄って生返事ばかりしていた。

 

 その様子に少しだけホッとしてしまった。

 そうよね、男子の10歳だもの、色恋になんてまだまだ関心なんて薄いわよね。

 でもでも、いつかは…


 そんな未来を想像すると何だか落ち着かない気分になってしまった。

 不思議ね。

 


 




  




 


 

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ねぎうさぎ ナカマヒロ @tiineko

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