第10話 うさぎ、またしても平伏される

 ローズガーデン王国に新しい『聖獣』契約者が現れたことで周辺各国の王族や要人を招待して行われるお披露目『芽生えの宴』。

 市井の民から契約者が現れる場合と違って王族からの契約者は予測がしやすいこともあってお披露目会への参加率は高い。

 正妃や側妃の子供として公式発表されている子供が10歳になる年に行われるのだから当然だ。

 未来の国王と縁を作っておくことは大切だし、国王になれずとも契約者は『魔法』持ちだ。自分の子供の政略結婚の相手としても損はない。

 参加しない国の方が珍しいだろう。

 歴史が長い国ほど契約成立確率は高くなるらしい。

 『聖獣』に認められるに足る人物へ育てるノウハウが王室にはあるのかしら。

 なんだか私立中学のお受験戦争みたいね。

 で、今回の『芽生えの宴』の主役であるバーガンディアンだけれど、王宮内でこそ、契約成立を危ぶまれていたけれど一般市民や周辺各国には今年は第2王子が挑戦するらしいねーくらいの認識だったようだ。

 成人していない10歳の王子の評判なんて規格外の神童でもない限り存在感はないものだ。

 なので幸か不幸かバーガンディアンが残念な感じの王子であることは身内にしか知られていなかった。

 だからこそ、この1カ月近くの間、わたしを放置して勉強三昧の日々を過ごしてきたらしいのだけれど…


「ねぎ、ねぎー」


 『芽生えの宴』当日に正装に着飾って現れたバーガンディアンは部屋に入ってくるなり真っ直ぐにわたしに近寄って抱き上げて頬ずりを始めてしまった。


 そんなに勉強が過酷だったのかしら。


 少しだけ同情した。

 わたし?

 わたしは『神獣』だし、存在するだけで凄いから礼儀作法なんて勉強しないわよ。

 そんなのするくらいなら実家、あ、違った『神々の森』へ帰らせてもらいますからねっ


 暫くバーガンディアンの好きにさせていたら護衛騎士のヤン君がやってきた。

 ヤン君も今日はいつもの鎧じゃなくて礼典用の服装に儀礼式の帯剣スタイルだ。

 見た目年齢が15歳くらいの彼がそういう格好をするとバーガンディアンよりも王子様っぽくみえる。第2王子の護衛騎士なのだから貴族出身だろうしバーガンディアンに根気よく付き合える人の良さで若いメイドのお嬢さんたちには人気なのだ。


 ふふふっ、この暇だった1カ月でメイドさんたちの恋愛事情に詳しくなったわっ


 たとえこの身が人でなくとも、乙女ですからね、恋話コイバナは大好物よ。


「王子、そろそろ会場へ向かうお時間ですよ」

「…ヤン」


 バーガンディアンが不安そうにヤン君を見る。


「大丈夫ですよ。王子はここ最近ずっと頑張ってきたじゃないですか」

「でも…サーシェスは俺はまだまだ駄目だって…」

「サーシェス先生は厳格な方ですからね、先生なりの激励ですよ」


 どうやら新しい家庭教師に随分と厳しく指導されて自信損失しているようだ。

 厳しく締め上げるだけじゃ男の子のやる気を持続させるのが難しいことをサーシェスさんは知らないようだ。

 いや、サーシェスさんが憎まれ役をやってくれる分のフォロー役が足りていないのかな?

 侍従、護衛騎士などが飴役を担えていれば問題なかったのだろう。

 バーガンディアンの専属侍従のことは全く知らないけれど、ヤン君には少し荷が重いようだ。

 王子王子、と懐いている様子ではあるけれど、今、必要なのは常識的なフォローじゃないと思うの。

 仕方がないわねえ、今回はわたしが甘やかしてあげますか。

 そう決めてバーガンディアンの頬を軽くペチッとうさぎパンチする。


(あんたはあいかわらずバカねえ)

「ねぎ?」

(このわたしの契約者なんだから堂々としてればいいのよ!)


あんたが言ったんじゃない。

わたしはスゴイんだって。

陛下が褒めてくれたんだって。


(そのへんの平凡な『聖獣』の契約者なんかよりもあんたはスゴイんだから)

「ねぎ」

(どーんとしてればいいのよ。このキュートなわたしを自慢していいんだからね!)


 バーガンディアンは自分の腕の中にいるわたしを見下ろして小さく頷いた。




 その約1時間後、『芽生えの宴』会場は沈黙に包まれていた。


「そうだな、ねぎはスゴイんだもんな!」


と、ご機嫌にわたしを抱き直して宴の招待客すべてが会場入りし、最後に本日の主役であるバーガンディアンとわたしが入場した途端、ザワザワしていた会場の彼方此方から来賓『聖獣』の鳴き声が上がり、その契約者が驚いて硬直するという事態に陥ったからだ。

 一気に押し寄せる視線に今回が初主役で視線慣れしていないバーガンディアンが怯んでわたしを抱く腕に力が入ったのがわかる。


(大丈夫よ。みんな、わたしがスゴイから驚いているだけ。堂々としてなさい)


 そう声をかけたけれど、腕の中のわたしを見つめる赤い瞳は不安そうに揺れていた。

 その時、会場中から『聖獣』たちが自分の契約者から離れてわたしとバーガンディアンの直ぐ側までやってきて一斉に平伏した。


(皆、これでワシの話を信じたじゃろう。おひぃ様にお目通り出来た今日この時の幸運を創世神様に祈るがよかろうて)


 どこからか蘇芳の誇らしげな声が聞こえてきた。

 自分の契約『聖獣』が平伏する姿を見せられて来賓客たちも現実を認識し始めると先を争うようにわたしたちへ挨拶と契約成立の祝福をしにやってきた。

 最初は他国の王族相手に緊張気味で対応していたバーガンディアンも数をこなす内に何か感じ取るものがあったらしく、一通りの挨拶から開放された後から急激に落ち着いた雰囲気を身に纏うようになった。


 数年後、バーガンディアンが語ったところによるとこうだ。


「自分なりに勉強の成果を見せようと頑張ったものの、やはり付け焼刃、失敗した

対応もあるのに問答無用で褒めちぎってくる大人たちを見てたら冷静になった。ああ、これ陛下に媚び諂ってる貴族と同じだなーって。そのくらいお前がスゴイんだなって実感したぜ」 





 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る