第9話 うさぎ、過去の出来事について思案する
結局、バーガンディアンはわたしに『魔法』をくれとは言わなかった。
ずっと黙り込んで何かを考えていた。
神殿の外で待っていた神官たちや護衛騎士のヤン君にも話しかけることもなく馬車に乗り込んで王城へ帰り、わたしを元の部屋のクッションの上に置いて出て行った。
あまり悩みすぎて熱とか出さなきゃいいけど。
少し心配だ。
それでもバーガンディアンにとっては良い機会なのかもしれない。
でも、変な話だったわね。
神殿で聞いた話を思い出す。
母上が毒蛇に噛まれた時にスペルバウンドが『魔法』を使うのを見た、とバーガンディアンは言った。
でも、無理だった、とも。
解毒の『魔法』が失敗することなんてありえるのかしら?
大規模攻撃の『魔法』なら失敗することもある。
どんなに範囲や威力を微細に調節しても想定していない被害が起こりやすい。
完全に自分が思い描いた結果を出すには人の思考や視野の広さに限界があるからだ。被害を考慮せずに殲滅するだけならば失敗しないのかもしれないけれど、そのような攻撃的な性質を持つ者が『聖獣』に選ばれることはない。
しかし、解毒は解毒。
体内から毒物を消去するだけのことだ。
もしかしたら、『魔法』を使う前にすでに死亡していたのだろうか?
それならどうすることもできなかったのも頷ける。
『魔法』で『蘇生』は出来ない。
そんなことが出来るのはこの世界で創世神様だけだろう。
わたしは退屈していた、そして苛立っていた。
バーガンディアンと神殿へ行ってからもう1カ月は経った、と思う。
わたしの部屋には日時を確認するものはないし、わたし自身に暦を気にかける習慣がなかった。
『神々の森』にいた時はその日その時の気分で気ままに過ごしていたもの。
それで平気だったのは自由だったからだ。
今は、ずっと部屋にいる。
この部屋だけがわたしの場所だ。
10歳のバーガンディアンの腕でも余裕で抱っこできるサイズのわたしには充分過ぎる広い部屋で、若くて可愛らしいメイドさんたちが誰かしら部屋の掃除やわたしの食事の用意をしにやってきてくれる。
食事だって毎日色々なメニューが提供される。
王城の料理人が作った食事が不味いはずもなく。
わたしが『神獣』だから優遇されているのは理解しているし、蘇芳とスペルバウンドに感謝もしている。
(だけどね!あのバカがあれっきりって本っ当にどういうことなの!?)
わたしは数日ぶりに窓の外に現れた蘇芳に向かって不満をぶつけた。
蘇芳がわたしの相手ばかりしていられないのはスペルバウンドの、現国王の『聖獣』だからわかる。
でもでも!
(齢10歳の第2王子がそんっなに忙しい毎日を過ごしてるっての!?)
ちょっとわたしに会いにくることも出来ないくらいに?
(最初の数日はね、わたしもアイツなりに考えてることがあるんでしょって思ってたけどね、さすがに放置しすぎだと思わない?)
(まあまあ、お
『芽生えの宴』?なにそれ。
知らない言葉だったので蘇芳に聞いてみると、『芽生えの宴』というのはローズガーデン王国に新しい『聖獣』が迎えられた時に周辺国を招いてお披露目するパーティだと教えてくれた。
ちなみに、クリニエール王国では『
まあ、要するに新しい『聖獣』契約者のお披露目ってことね。
もしかしたら次代の王になるかもしれないよってことよね?
(え、それ大事じゃない?)
わたしはやっと事の重大性に気付いた。
あの礼儀作法がまるでなっていないその辺の
大事件だ。
(そうですぞ。今回の主役ですからの。今必死で作法を詰め込まれておるところなのですじゃ)
(うわぁ)
他国を招いての自分のお披露目会なんて考えただけでもゾッとする。
バーガンディアンに少しだけ同情した。
(今回は本人も頑張っておるようじゃし、それに免じて許してやってはいただけませんかのう)
(そんな事情じゃ仕方がないわよね)
頑張っているのならいいのよ。
今回は、ってところが過去のバカの振る舞いを想像させられて少し頭痛くなりそうだったけれど、済んだ事はどうしようもない。
王族は大変ねえ、なんて他人事のように考えてハッと気付いた。
(もしかして、そのお披露目ってわたしも?)
(当然ですじゃ。来賓の者たちも各々『聖獣』を伴ってやってくるのじゃ。彼奴等にもお姫様が『神獣』であることはすぐにわかるであろう。だからこそ、今回は特にバーガンディアンは失敗は許されぬのじゃ)
え?
わたしのせい?
それもそうか。
わたしは普通の『聖獣』じゃない、『神獣』だ。
その契約者ならば他者の評価は普段より厳しいものになるだろう。
頑張って、バーガンディアン。
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