第8話 うさぎ、王子に覚悟を問う

 蘇芳と歓談中に突然乱入したバーガンディアンに問答無用で抱っこされて王城から馬車で神殿へと連れてこられた。

 ローズガーデン王国に限らずこの世界の全ての国は一神教だ。

 そうでなければ『聖獣』と契約しなければ王になれないというシステムが受け入れられるはずがない。

 わたしの知らない所で創世神様が定期的に奇跡や神託などを行っているらしい。

 なんだか涙ぐましい努力だ。

 まあ、仕方がないよね。

 創世神様の存在感が薄くなるとわたしが前世で暮らしていた世界のようになってしまうものね。

 それはそれで人は逞しく生きていくけれど、創世神様が自分の創った世界に強く干渉したいという意志がある以上は必要な努力だ。

 何だか子離れ出来ない親みたいだ。


 神殿に連れてこられた理由は『魔法』だ。

 この世界では『聖獣』と契約した者しか『魔法』が使えない。

 なので王位に興味はなくとも『魔法』に関心があるという理由で『神々の森』を訪れる者は一定数存在している。

 実際、わたしも何度か見かけたよ。

 契約成立した人を見たことはないけどね。


「ねぎ、ねーぎ」


 神殿内の創世神様の像の前でバーガンディアンが抱っこしたわたしの頭を撫でながら名前を連呼してくる。

 今までにない優しい手付きに心地よさを感じて堪能する。


 あー、いいわ。

 何だか可愛がられてるって実感するわ。

 はっ。

 絆されちゃ駄目よ、わたしっ

 わたしはねぎなんて名前じゃないったら、ないっ


 ワクワクしているのを隠しきれていないのは子供だからだろうか。

 この国に来てから数日過ぎたけれど今日まで『魔法』のまの字も言い出さなかったのに急に神殿へ連行してきたのは新しい家庭教師が仕事をしたということかしら?

 普通は『神々の森』へ行くまでに教えられているはずのことなのにバーガンディアンは知らなかったということになる。

 わたしは神殿ここへ来る道中に考えた思いつきは正しいのかもしれないと思った。


「ねぎー、神殿だぞー」


 何度もねぎを連呼しながら神殿へ来たことをわたしにアピールしてくる。

 別に神殿でなくとも『魔法』を与えることは出来るのだけれど知られていないのかしら?

 それとも『聖獣』は神殿でないと無理なのかしら?

 今度、蘇芳に会ったら聞いてみよう。

 今、この場にはわたしたちしかいない。

 第2王子と『聖獣』(わたしが『神獣』であることは蘇芳とスペルバウンドしかまだ知らない)に神殿側が配慮してくれたのだろう。

『魔法』を与えるまでこの場から動かないつもりかもしれない。


(あんた、『魔法』を使う覚悟は出来ているの?)

「おう!どんとこい」


 何の覚悟もなさそうな返事だ。

 わたしは反射的にうさぎパンチを繰り出しそうになったけれど思いとどまる。


 子供にいきなり暴力は駄目駄目。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねばって格言があったじゃない。

 話し合いをして相手の話に耳を傾けてあげること。

 バーガンディアンが物事を知らな過ぎることが誰かの策略なのか、彼自身の怠慢なのかはまだわからない。

 けれど、わたしとバーガンディアンの関係はまだスタート地点なのだから、何でもバカねって切り捨ててはいけない。

 本っ当に不本意だけど『契約』してるからね。


(『魔法』がどんなものかわかってる?)

「なんか、スゴイ!」


 ほーら、物凄い大雑把な解釈しちゃってる。


(それを使えるようになったとして、あんたはどうしたいの?)

「どう?したい?」


 案の定、明確な未来像ビジョンがないから困惑した様子を見せる。


(たとえば、火の力で森を焼く?水の力で洪水を起こす?風の力で気に入らない誰かを切り裂くの?)

「そんなことするわけないだろっ」


 わたしの悪意あるたとえにバーガンディアンの瞳の中に怒りが浮かぶ。


(そう、あんたにそのつもりがなくても結果的にそうなったら?『魔法』はそれが出来るわ。自分のせいで誰かに迷惑をかける覚悟はあるの?)

「覚悟」

(『魔法』はあんたの好き勝手に使って遊べる玩具じゃないのよ)

「………」

(あんたの父親が『魔法』を使うところを見たことある?)


 わたしの問いに小さく頷いた。


(ソレはどんな時だった?)

「あれは…母上が倒れた時」


 泣きそうな表情かおで下唇を噛んだバーガンディアンに心臓がドキッと音を立てた。


 わたし、もしかして地雷踏んじゃったかも。


「母上が毒蛇に噛まれて真っ青になった時…あの時しか俺は陛下の『魔法』を見たことがない」

(そう)

「いつもは怖い顔してる陛下が…めちゃくちゃ必死で母上に『魔法』をかけてた」

(そう)


 ポツリポツリと言葉を続ける度に瞳を潤ませて、最後にはポタポタとわたしの頭上に雫を落とし始めた。


 ううっ

 やっぱり、地雷だった。

 

 しかし、自分から話し出しておいてやっぱり何でもないって逃げるわけにはいかないので言葉を選んで続ける。


「でも、無理だった。『魔法』はスゴイはずなのに…無理だった」

(そう、どんな凄い力でも無理なこともあるし失敗することだってあるのよ。ねえ、その時、あんたは陛下にありがとうって言った?あんたの大切なお母さんを助けようとしてくれたお父さんにありがとうって伝えた?)


 バーガンディアンは濡れた瞳を見開いてわたしを見た。


(あんたが欲しがっている力ってそういうものなのよ?頑張っても誰にも感謝されないこともある、強い力に恐怖して嫌われることもあるのよ。それでも『王』として『人』として『魔法』を使う覚悟があんたは出来るの?バーガンディアン)

「…覚悟」

(そうよ、あんたにその覚悟があるのなら、わたしはあんたに『魔法』をあげるわ)




 




 

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