*隠れた道の枝の先

 パーシヴァルは、ようやくの終わりに肩の力を抜いた。結界の範囲を絞り、神霊を外したラクベスと、元の姿を取り戻した石動いするぎに歩み寄る。

 石動は力を使い果たしたのか、息を切らせて崩れるように両膝を突いた。それでも、その目だけはラクベスを鋭く睨みつけている。

「よくも、邪魔をしたな」

 声を震わせこうべを垂れる。

「この苦しみを──誰が、解ってたまるものか」

 低く絞り出した言葉は、室田の心にもずしりと重たく沈み込む。

 一体、どんな悲惨なことがこの男にあったのだろうか。展開される闘いに目を奪われ、パーシヴァルに尋ねる機会を逸していた。

「あなたが受けた哀しみは計り知れません。それでも、私はあなたを止めます」

 吐き捨てるようにつぶやく石動に向けられるラクベスの瞳は、決して優しいものではなかった。

「何故だ。お前には関係ないだろう」

 どうして放って置いてくれない。

「あなたが起こしたことのような、理不尽な苦しみを背負う者を一人でも無くすために」

 私はそのためにこの力を持ち、使うのです。

 揺るぎない声色は、驚くほど冷静だ。

「あなたが苦しんでいるからと、他の人々まで不運となる必要がどこにあるのか」

 もっともな言葉だ。けれど、そういうことではないことも、ラクベスには解っている。

 それでもあえて、彼は正論をつきつける。

「私は不器用な人間です」

 あなたが求めるような言葉を私は見つけられない。正論は人を傷つけるだけだと知っていても、私は他の言葉を紡げるほどには出来た人間ではありません。

 けれども、そこから逃げては何も始まらないのなら、それを乗り越えなければならないのならば、どんなに否定しようとも私はあなたに繰り返します。

「誰が死のうと、世界は生きている者のために回らなければなりません」

 だからこそ、亡くした者を尊び慈しむことが重要です。

「この世界は先人たちの戦いと、死のうえにあるのですから」

 だけれど、先の責を今の人々が負う必要はない。同じ過ちを繰り返さないための教訓にさえ出来れば、それでいいと私は思っています。

「だからなんだ」

 そんなことで、オレの怒りと憎しみを消せるとでも思っているのか。

 願いはただ一つ。世界の全てが不幸になればよかったんだ。皆が闇に墜ち、その苦しみに悶えていれば満足だったんだ。

「それらを理解したうえで、あなたは己の心のやりどころを見つけなければならなかった」

 こんなやり方では、誰にも救いはなく。ただ自分を追い詰めてさらなる苦しみに墜ちていくだけです。

「やりどころだと? そんなもの、ある訳がない」

「そうでしょうか。あなたは闇に墜ちてもなお、作る事を止めなかった」

 止めなかったのは、一人でも多く不運を背負う者がいればと思う意識だけでしょうか。

「すでに、あなたの店に足を向ける者がいなくなっても、あなたは作り続けていた」

 幸運のストラップを手にしたとき、私が考えていたほどの力は、そこからは感じ取れませんでした。

「棚にある衣服には、痛いほど強く感じていたのに」

 石動はそれにハッとした。

「そのときに、まだ間に合うと思いました」

 救いなど求めていないあなたを、救えると──

「余計な、ことを」

「そうです。あなたにとって、私は余計なことをしました」

 そして互いのエゴがぶつかり合い、私が勝ちました。負けたあなたを、自由にすることは出来ません。

「ならば──」

 あなたの残りの人生を、我々に頂けませんか。

 囚われの身となるよりも、我々と共に過ごしませんか。

「なに? どういう意味だ」

「あなたの能力ちからは本来、幸運といった漠然としたものではなく、明確なものを付与する能力なんです」

 そのため、これだけの被害で済んでいたということがある。彼が正しい能力ちからの使い方を知っていたなら、ラクベス一人では難しかったかもしれない。

「どういうことだ?」

 室田は、いぶかしげに眉を寄せパーシヴァルに投げかける。

「幸運っていうのは、ハッキリしているようにみえて、実は漠然としたものだ」

 かと言って、それぞれの努力によって成せるものは付与できない。

「試験の合格とかな」

 集中力の持続なら付与可能だ。

「予想外の出来事で合格するってことはあるんじゃないのか?」

 そういうのは幸運と呼べると思うんだが。

「その予想外の出来事を付与する必要があるんだよ」

 難しいなと室田は唸る。

「明確な力の付与は、それなりの訓練が必要だ」

 そうでなければ上手く発揮されることはないだろう。

「あなたは、我々と同じ世界の人間です」

 強すぎた力の前に翻弄され、己自身をも傷つけていく。

 その先にあるのは、自滅の運命──それを止める方法のひとつをいま、あなたに提言ていげんします。

「それが、あなたの生き甲斐となるかは解りません」

 しかし我々には、あなたの力が必要です。

「何を、言っているんだ」

 今まで殺し合いをしていた相手に、何をすすめている。世界が不幸であれと願い、人ならざる者になろうとした人間に、人助けを手伝えだと?

 そう簡単に切り替えられれば、闇に墜ちたりなどしない。否、切り替えるきっかけが無かっただけなんだ。

「オレ──いや、わたしは」

 言われてみれば、幸運のストラップを作っているときだけは殺された家族のことを考えていた。

 輝ける記憶がわたしを癒していた。しかしすぐ、それは黒い記憶に塗り変わり、わたしを憎しみの魔物へと駆り立てる。

 わたしは今まで、どこにいたのだろう。まるで水の中のように重く、まとわりつく空気に全てが灰色に染められた世界を彷徨っていた気がする。

「それがようやく、晴れたようだ」

「敵うのなら、あなたの痛みや苦しみを我々も共に分かち合いたい」

「その外套がいとうも、そうなのか」

 落ち着いた石動はふと、ラクベスの羽織っているマントに目がまった。

「はい。制作員の方々が手がけました」

 マントを石動に手渡す。

「良い出来だ」

 受け取ったマントは思っていたより重たくもなく、しっとりと肌に馴染むほど滑らかだ。

 特殊な素材のようだとじっくりと眺めて、これは適当に裁縫されたものじゃなく複数の人間が時間をかけ手がけていると解って感嘆した。

 破れにくいよう、動きやすいように考慮され、丁寧に作られている。

 そのうえで、個人個人に合う力が付与されているようだった。パーシヴァルに目を向ければ、ラクベスとは違う色の淡い光が全身を包んでいる。

「元は職人という方がほとんどです」

 石動はそれにマントを見つめ、

「もしや、君の着ている服も」

「はい。全て彼らの製作したものです」

「え、お前のも?」

農園員ファーム・パーソナルもいるぜ」

 食は大事だからなとパーシヴァルは尋ねた室田に答える。

「我々が、より良く能力ちからを発揮出来るよう、協力してくれています」

 なかには、あなたのように一度、闇に墜ちた者もいます。彼はいま、多くの霊術士の衣服を手がけている心強い仲間の一人となっています。

「本当なのか」

 そんな世界が本当にあるなら見てみたい。この手に触れ、学びたい。

「その意志があるのなら。我々はあなたを歓迎します」

 石動は目を見開き、柔らかに笑みを浮かべて差し出したラクベスの手を躊躇いも無く取った──






END


2018/08/10

2018/10/15 推敲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嘆きの断片 河野 る宇 @ruukouno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ