列車の車窓から

御手紙 葉

列車の車窓から

 ガタゴトと揺れながら、長閑な山間の道を進んでいる列車の中で、その心地良い木の匂いに満たされていた。それはどこか非日常で、ゆったりとした穏やかな時間が流れている。まるで目の前に一昔前の風景を映したパノラマが展開されているように。

 車窓から心地良い風が吹き込んできて、僕の前髪がふわりと舞った。その青空は澄み渡っており、その日差しは少し暑かった。でも、風がひんやりと心地良かった。太陽と月がひっそりと肌を触れ合わせるみたいに。

 列車は曲線を描いたレールの上を進んでいき、僕の体が傾いだ。車内にはほとんど人がおらず、平日の日中なのにこんなところまで、学生が来ているなんて、誰も想像しないだろう。その日は開校記念日で、高校で文芸部の活動があったから、制服のままなのだ。

 ずっと前から、この列車に乗ってみたかったのだ。目的地はないけれど目的は決まっている。この列車に乗って、そのオンボロな車体が紡ぎ出す魔法の音色に耳を澄ませたかった。

 スマートフォンで何度も写真を撮った。窓のすぐ下には崖があって、新緑がきらきらと陽光に輝いていた。その青々とした景色はどこか瑞々しさを感じさせ、山々の美しい稜線はどこか日本画の中に閉じ込めてしまいたいくらいに、圧巻の景色だ。

 列車は走り続ける――そして僕の心は浮き立ち、その一歩前を走っていった。

 そこには、僕を邪魔するものなんて何一つなかった。古びた座席。黒ずんだ天井。みしみしと音を立てる床、木目調の壁。淡い青春の香り。――全てが僕にとって真新しく、愛着を湧き起こさせた。

 そこで、アナウンスが流れる。まもなく終点××駅に到着します。ご乗車ありがとうございました。僕は名残惜しく鞄を取ると、そっと前へと向き直った後、後ろへと振り返った。この列車をいつまでも目に焼き付けていたい、またいつか来よう、と心に誓う。

 降車口から出ていくと、少しだけ土の匂いがした。小さな駅にはわずかに人の声がする。その年を重ねた列車へと振り向くと、もう一度写真を撮った。

 僕の心の中にフラッシュが瞬いた。


 了

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列車の車窓から 御手紙 葉 @otegamiyo

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